ゴールデンウィークも間近に迫った金曜日の午後、江芝さらさ(えしばさらさ)は大学の教室にいた。さっき講義が終わってから今まで、同級生の加美川宇乃(かみかわうの)と、次の移動までの時間を持て余していたのだ。
さらさは、宇乃と中学にいた頃からの友人同士だ。
当時いたグループの中で、プライベートで制服を脱げば正真正銘ロリィタだと明らかになったのがきっかけで、ことに親しくなっていった。以来、クラスが離れても、よく一緒にいるようになって、高校も、大学も、腐れ縁よろしく同じ志望校を選んで今に至る。
この四年制大学に入ったのは昨年の春だ。
さらさはようやっと校則やら制服やらから解放されて、今、お洒落も恋も、それまで生きてきたおよそ十九年の中で、最も満喫しているところだ。
さらさは、今日も大好きなメゾン、ロリィタの女子らの間で絶大な人気を誇る『Spirit Twinkle』のロリィタ服に身を包んでいた。
春らしいシフォンのティアードワンピースは、ピンクが基調だ。肩紐のフリルはまるで天使の羽根を彷彿とするもので、全体に、大きな苺を実らせた淡いグリーンの蔓草が這っている総柄だ。そこに、更に白地にピンク色のドットの入ったリボンが結んであったり、白いパールの鎖が絡みついている様が、描かれている。下に合わせている七分袖のブラウスも、フリルやレース、無論リボンもふんだんにあしらってあって、朝から脱いだり羽織ったりしている姫袖のボレロは、苺の透かし編みが施してある。パステルピンクとベージュブラウンのグラデーションのロングヘアには、白とピンクトリプルリボンのカチュームを合わせていた。
宇乃も同じメゾンの洋服が好きだ。
今日の彼女は、胸にシャーベットとクッキーのアップリケ、それに小さなリボンの装飾がしてあるスクエアネックのカットソーに、淡いサックスのギンガムチェックのスカートという装いだ。スカートは、フリルが三段あしらってあって、黄色いリボンが切り替えのところに縫いつけてある。胸にかかるほどの長さの縦ロールの黒髪は、耳より高い位置で二つに分けて結ってあり、サックスとレモンの巻き薔薇が寄せてあるキャノティエが、こめかみに乗っかっていた
もっとも今日に限っては、贔屓のメゾンのディテールや、その洋服がしっくり嵌まる宇乃の器量に感心している場合ではない。
何せさらさは、この長年一緒にいる親友に、今し方、寝耳に水を打たれるような依頼を持ちかけられたのだ。
「本気なの……?」
「本気!大真面目っ……だからお願い!!」
宇乃が両手を胸の前で組み合わせて、付け睫毛にマスカラを重ねたようにくっきりした目許に映えるつぶらな瞳を、うるうるさせる。
「初デートが不安だから尾行して欲しいって言ったって……、相手はのなみさんでしょう?宇乃と由真と、あたしが行きつけのチャットで知った……」
「そうなのぉ、専門学校在籍中で、ゴシックロリィタのお姉様」
「お姉様って……。同い歳じゃない」
「頼り甲斐あってクールなイメージだから、お姉様。──…。とにかくっ……あのチャットでフリーの私が、同じくフリーののなみちゃんから、昨夜「会ってみない?」ってメールをもらったの。これってデートの誘いっぽくない?」
「否定はしない。宇乃ってのなみさんの好みに近いし、そうでなくてものなみさん、宇乃のこと気になってそうだし……」
「しかも、さらさは由真ちゃんとラブラブでしょ?二人がああいう雰囲気だから、あのチャットに入ってるとね、そういう気分になっちゃうよ。恋がしたいなぁ、って」
「そういうもの?」
そこはよく分からない。
それでもさらさは、話題の少女、つまり岡住のなみ(おかすみのなみ)に対する宇乃の感情が、相応に熱心なものだと存知している。そして、彼女のその情熱に、少なからず報われる見込みがあることも、当人達の会話を見ていて分かる。
さればこそ、ここは無責任な言動をとれないから、厄介だ。
「第一、宇乃は何が不安で、初デートに尾行が必要だと思ったの?」
「のなみさんと知り合ったのは、一応チャットだもん。入室規約に書いてあるから。実際に会う時は自己責任ですよって」
「のなみさんなら問題ないよー」
「それに、私、生まれてこのかたデートは初めて。へまとかしそうで……。私が変なことしていたら、恋愛上級者のさらさが、こっそりメールを送って指摘して欲しいの」
「あたしだって由真が初めてだよぉ……」
「由真ちゃんは大学(ここ)で知り合ったんだからマシじゃない。私とはプレッシャーが違うと思うな」
「一緒だよー」
さらさは頬杖をついて、宇乃を軽くねめつける。
棉白由真(わたしろゆま)。
さっきから、のなみと同じく頻りに話題に上がっている彼女こそ、さらさの初めて実った恋の相手だ。学校では学科も学部も別で、宇乃ほどこうして一緒にいられないが、毎日どこかで顔を合わせているし、メールも電話もチャットもしている。
しかしながら、恋人がいるくらいで、恋愛上級者扱いをされては困る。
「分かった」
ふっと、可憐ながら落ち着いたソプラノの声が、何か意を決したような音を帯びた。
「一人で行く決心ついた?」
「ううん」
「だからっ、それじゃあ──」
「さらさ!!」
「な、何?」
「さらさが発売当日、並んで並んで入手出来なかった『Spirit Twinkle』の、乙女バニーのジャムリボンシリーズのワンピース」
「──……」
「と、同時期に出た夢見るウサギのリボンコーム」
「まさか……」
「お願い聞いてくれたら、あげる。ピンク」
「…──!!」
さらさは宇乃に握られていた両手に、条件反射的に力を込めた。
卑怯だ。食いついてはいけない。
そう理性に咎められながら、いかにしても愛らしいものに惹かれる本能に抗えない。
さらさは、由真との休日デートを一日だけ諦めようと、腹をくくった。
* * * * * * *
つい、レアな洋服(もの)に釣られた。
そうしてさらさが宇乃の頼みを承諾してから、あっと言う間に三日が経った。
今日は、ゴールデンウィーク二日目の月曜日だ。例の、宇乃とのなみの顔合わせ当日だ。
長期連休真っ盛りの今日、瑞々しい初夏の新芽も晴れた空から降り注いでくる柔らかな日差しを浴びて、世間には、やはり浮き足立つような空気が充満していた。
さらさは自宅から二駅離れた市街地の、ショッピングモールのエントランスにいた。今で、開店しておよそ二十分ほどが経つ。
ぱっと見、誰もかもが同じように見える人々の群は、それでもじっと観察していると、一人一人がまるで違う。
さらさから十メートルほど離れた隅っこにある、総合案内窓口では、こんなに陽気な空模様の休日なのに、かっちりと制服を着用した従業員らが、しゃんと背筋を伸ばしてかしこまっている。その近くの柱の影に、黒い縦ロールの髪を二つに結って、アイボリーにピンク色の花を寄せた小さなブーケ、それに水彩画を彷彿とするタッチのウサギや時計のプリントが入ったワンピースに、春先のレースケープを合わせた少女が一人、ピンク色のギンガムチェックのリボンを結んだ籠バッグをぶら下げて、佇んでいた。
少女、すなわち宇乃は、遠目からでも緊張しているのが分かる雰囲気だ。
宇乃がのなみと待ち合わせしている時間まで、あと五分ある。時計を見ろとは言わないが、さっきから携帯電話も触っていない、否、身動ぎ一つしていない。
ややあって、絶えずざわつく人々の波の中から、思わずはっとするような風采をした少女が出てきた。
さらさは、その、毛色が違ってさえ見える垢抜けた少女に、胸が騒ぐ何かを覚える。
のなみとチャットで話していた時、彼女が、髪をどこまで長く伸ばせるか挑戦している最中だということ、それから黒を贔屓にしているという情報を得ていたからか。
少女は、黒いゴシックロリィタの姿をしていた。凛とした目許に小さな鼻、自然な微笑を湛えた薄い唇は、何とも高貴なバランスだ。白い素肌はまばゆいほどで、傷み一つないロイヤルミルクティー色をした長髪は、腰より長い。
退廃的なドールの如くマドモアゼルは、思った通り、さらさの、花柄のドレスをまとった可憐な親友に駆け寄っていった。
「…………」
さらさは、度肝を抜かれていた。
規格外だ。今の今まで素性のほとんどを知らなかったチャットの仲間は、美しすぎた。それでいて、ほっとするような可憐さもある。
「…………」
さらさが遠目に柱を見ると、案の定、宇乃がいよいよがちんがちんになっていた。
「おっ、岡住、のなっ、のなみさん?」
「初めまして。加美川宇乃さん?イメージしていた以上に可愛ーい!」
「有り難う。今日のも『Spirit Twinkle』……」
「──……」
さらさはのなみの苦笑いしたような面持ちが見えた途端、早速、宇乃にメールを打ちたくなった。
のなみが褒めたかったのは、宇乃自身のことであって、洋服ではない。
しかしながら、こんなことでいちいちメールを送っていたら、キリがなくなる。
「緊張している?」
宇乃がしずしず頷くと、彼女より五センチくらい背丈の高い美少女が、やんわり笑った。
「良かったぁ」
「──……」
「私、人見知りだから。もし宇乃ちゃんが少しも緊張してくれてなかったら、私だけ挙動不振になってたかも知れない」
「…………」
のなみが宇乃の袖口に片手を伸ばして、刹那たゆたった後、その手をそっと引き寄せた。
さらさは、二人をとり巻くあまりに初々しい雰囲気に、甘ったるいむず痒さを覚えていた。
「この辺よく来る?」
「二週に一度くらい。宇乃ちゃんは?」
「私もよく来る。さらさと学校の帰りとか」
「じゃあ、きっと、宇乃ちゃんの方が土地勘あるね」
宇乃とのなみの後ろ姿が、人混みの中に消えていく。
さらさは、紫外線対策にこれだけは黒を貫いているパラソルの柄を握り直して、二人の後を追いかけていった。
うぶな少女達の初デートは、そのコースも、愛くるしい花の蕾の如く純情を絵に描いたようなものだった。
商店街の雑貨屋をざっと見て回った後は、クレープを買って、近くの公園の木陰に潜んでそれを味わう。好きな洋服だとかスイーツだとかの話題で盛り上がって、今朝より少し打ち解けたところで、散策再開だ。
そうして二人、可愛らしいUFOキャッチャーやら音楽ゲームの並んだゲームセンターに寄り添って入っていったかと思えば、予想に反せず、プリクラ機のカーテンの中に入っていった。
さらさは、美白効果と可愛らしいスタンプを売りとしているプリクラ機から二メートルほど離れた辺りで、UFOキャッチャーを吟味していた。宇乃達が出てきたら、すぐさま身を隠さなければいけないから、ショーケースの中に積んであるぬいぐるみ達にあまり気を取られるわけにはいかないが、さっきから胸がいっぱいで、ゲームで遊んで時間を潰そうという気になれない。
初めて由真とデートした時のことを思い出す。
さらさが由真と知り合ったのは、昨年の春、大学行事の泊まりがけのオリエンテーションに参加していた時だった。だから、二人きりで街を歩いたのは、互いに随分打ち解けてからになるが、正式に交際して初めてデートすることになった時は、話をしたり手を繋ぐので精一杯だった。
緊張しながら幸せだった。
由真に会いたい。
宇乃とのなみが幸せそうに歩いているのを見ていると、身体の奥が痺れてくる。このどきどきを、今すぐ愛する人に受けとめて欲しい。
「宇乃ちゃん可愛すぎー。てか白いっ」
「のなみちゃんこそ美人だよぉ。お人形さんみたい」
さらさは慌てて柱の陰に身を隠す。
そこから顔だけひょっこり出すと、宇乃とのなみが、プリクラ機の撮影コーナーから落書きコーナーへ移動していくのが見えた。
宇乃達が次に向かっていったのは、お馴染み『Spirit Twinkle』の直営店だ。
さらさも屡々訪ねるここは、目新しい春服をまとったマネキンが可愛らしくポージングしているショーウィンドウのすぐ脇に、『Spirit Twinkle』全国共通の看板が立てかけてある。明るい紺色の縁取りに浮かんだメタリックピンクの店名のロゴが、目に鮮やかだ。
さらさは店先に立ち止まって、携帯電話の新着メールをチェックする。
数少ないそれらの内半分は、通販のダイレクトメールや各ショップの情報だ。もう半分は、友人や、ネットで知り合ったメール友達からだった。
さらさは、昨夜由真から受信したメールを開く。そこから二度目の返信画面を開いて、彼女宛にメールを作成する。
"由真おはよー。昨日話していた宇乃とのなみさんのデートね、良い感じだよぉ。突然だけど、由真は今夜空いていたりする?"
こういうメールはいきなり送りたいものではない。
質問しても、由真が手が離せなくて返事を寄越してくれることの出来ない状況にいたなら、その間、ずっとやきもきせねばならないからだ。さりとて急に電話して、それが最悪のタイミングなら、空気を読めない印象を与えてしまう。
さらさは、それでも覚悟を決めて送信ボタンを押した。
それから送ったばかりのメールを何度か読み返していると、存外に早く応答があった。
"尾行お疲れ様、さら姫!ごめん、今日お姉ちゃんのお手伝い入れちゃってて、八時なら空く……"
"会いたいのー。寂しい寂しいのー"
"まじ?八時十分頃、××駅行ける?"
"余裕!"
"じゃ、後で。さら姫に会えるまであとひと頑張りしてくるねー"
そこでメールは一段落ついた。
文字だけのやりとりは、実に他愛のないものだ。だのにさらさは、それだけであっという間に、自分が世界一幸せな少女になった気分にいざなわれる。
誰が一番幸せだとか、天秤にかけられるものではない。そもそもそんな感情の定義はどこにもない。
だからこそ、さらさにとって、由真こそ幸せというものの成立に不可欠だ。
さらさは、さっきプリクラ機の近くで感じていた官能の疼きにも優るエクスタシーに、いっそ苦しい心地を覚えながら、今度は別の宛先に向けてメールを打ち始める。デートの尾行を八時に打ち切りたい旨を、宇乃に知らせておく必要があったのだ。
宇乃とのなみ、そしてさらさが『Spirit Twinkle』に続いて向かったのは、ゴシックと、そして正統派ロリィタが主流のテイストとなったメゾンのショップだ。
そちらも数多の女子らから絶大な支持を得ていて、さらさや宇乃が『Spirit Twinkle』を愛してやまないように、のなみも、件のメゾンに執心しているようだった。
木々の緑が目に眩しかった碧空は、いつしか、苺ミルクの色をした綿を浮かべたような朱色に変わっていた。
路上のコンクリートに影法師の落ちる黄金色の光がきらきらと降り注いでくる夕暮れ、さらさは引き続き宇乃とのなみを追いかけて、表通りを少し曲がった小路にひっそりと建つビルの地下に降りていった。
狭い階段を降りきった先に待ち構えていたのは、コンセプトダイニングカフェに続く扉だ。
さらさは宇乃達より十分な時差を置いてから、扉を開けた。
すると、そこには『Horoscope』という店名に相応しく、淡い照明の光に浮かび上がった群青色の店内が、広がっていた。
天井はまるでプラネタリウムだ。そしてあちこちに飾ってある額縁は、どれも星にまつわる神話のワンシーンらしき絵が嵌め込んであった。
さらさが店に入っていくと、給仕の女性が出迎えに来てくれた。星座柄のワンピースに、繊細なレースがふんだんにあしらわれたエプロンの合わせてある制服が、何とも可憐だ。
さらさは女性に案内されて、喫煙席に落ち着いた。
宇乃とのなみは禁煙席の壁際、アフロディーテの絵の真下に、座っている。それ故、彼女らの目につきにくかろう席に着きたかったのだ。
さらさはお冷やを一口飲むと、メニュー表をめくり出す。
ややあって、さっき案内してくれた女性とは別の、されどやはりあのエプロンドレスを着用した女性が通りかかった。
「すみません」
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「はい、この、ストロベリークリームティーを」
「ホットとアイスがございます。どちらにいたしましょうか?」
「アイスをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
女性がぺこりと辞儀をして、さっさと厨房に入っていった。
さらさは、また、アフロディーテの絵が飾ってある辺りを瞥見する。
宇乃がのなみに、いわゆる「あーん」の姿勢で、ブルーベリーソースのかかった生クリームをつけたパンケーキの欠片を食べさせてもらっていた。向かい合わせで座っていたのに、二人、いつの間にか肩を並べている。
さらさの耳に、まさかここで聞こえるはずのない声が触れてきたのは、本当に突然のことだった。
「お待たせいたし──…さら姫?!」
この甘ったるいメゾの声を、他の誰かのそれと聞き違えるわけはない。
さらさは、唯一この世で自分を姫呼ばわりする少女に振り向く。
「由真!……えっ、その制服……お姉さんの手伝いってもしかして……」
予想に反せず、あれだけ会いたかった恋人が、さっきさらさの注文した紅茶をトレイに乗せて、可愛らしいエプロンドレス姿でかしこまっていた。
由真のくっきりした二重の目許によく映える、深く澄んだ双眸は、相変わらずとびきり優しい煌めきを湛えている。胸に被さるくらいの長さの栗色のシャギーの髪は、彼女にしては非常に珍しく、ポニーテールに結ってある。化粧は、普段淡い色のゴシックファッションを好んでいる彼女らしく、いつもと同様、グレーやヌーディーカラーが基調だ。
「──……」
可愛らしい。可愛すぎる。
さらさも由真も目を丸くして、互いを見つめ合っていた。
* * * * * * *
由真は、『Horoscope』のオーナー兼店舗責任者である彼女の姉の計らいで、予定より早く店を上がった。聞けば彼女は、『Horoscope』の従業員の内一人が急に欠勤することになり、その代理で助っ人を務めていたらしかったのだ。
さらさは由真と店を出て、表通りへ戻っていった。宇乃に約束した八時まで残り三十分ほどあるから、二人、律儀に彼女らの後を尾行しているところだ。
小さな街は、すっかり夜の帷に覆われて、ネオンの星が散らばっている。道行く人々の黒い影は、寄せては返す海の波の飛沫を彷彿とする。
その中で、宇乃とのなみも、注意して見ていなければ、今に見失いかねない。
さらさは、この尾行が終わった後こそ本当のデートが始まるというのに、胸中、早くも舞い上がっていた。
「本っ当っっ……さっきの由真可愛すぎだよぉ……!!あたし『Horoscope』のバイト応募しよっかな」
「だーめ。もう忘れてよー……あんなふりふりエプロン似合わないから……」
「似合ってたってば!なんかね、ああいう新妻さんみたいな格好ほんと可愛い!」
「新妻さんって……。さら姫がお嫁でしょ?」
私の将来の、と、さらさの腕に、由真のそれが絡みついてくる。
二人の体温が衣服越しにくっついて、涼しい夜風も気にならなくなる。
さらさは由真をちらと見る。
由真は、あの可愛らしい制服から、彼女がいつも着ているような白いワンピースに着替えていた。
その純白のワンピースは、襟ぐりがスクエアになっていて、胸からウエストにかけて細かい編み上げが施してある。その、膝丈より少し短いくらいのアシンメトリーのスカートは、ガーゼをベースに切りっぱなしのソフトチュールが重ねてあって、銀色の小さな百合十字の柄が散りばめてあった。ボレロは淡いグレーだ。袖に入った白いレースのプリントが、本物みたいだ。髪も、平素に倣って下ろしっぱなしに戻っている。こめかみに咲いた白と黒の薔薇のコサージュが、由真の可憐な風采を、少し高貴に見せていた。
ようやっと会えた。大好きな人が、今、ここにいる。
さらさは由真と遠距離恋愛しているわけでもないのに、再会の喜びに打ち顫えていた。
「宇乃ちゃん達、雰囲気良すぎじゃない?」
「うん……。蜂蜜を混ぜたお砂糖みたい」
「はは。友達ちゃんのデート見て、欲情しちゃってた?」
「ままままさか!!」
「あれー?おかしいなぁ、昼間のメールはそんな風に読めたから、今夜は帰さなくていっかーって思ったのになぁ」
「はぅ……あぅー」
「んじゃ、今日は早めに解散ね。明日学校だし」
「やっ、やだ!!」
さらさは恋人の腕にしがみつく。
離れたくない。
さらさは街中でじゃれ合うような恋人達に、はしたないようなイメージを持っていたが、今なら彼らの気持ちが分かる。今でさえ、さらさは由真に、こんな反応を見せる自分を愉快がられているだけだという気がしながら、それすら嬉しくて仕方ない。
「……冗談」
「うん」
「一緒にいよ?」
うん、と、さらさが頷こうとしたその時だ。
「さらさに……由真ちゃんっ?」
すぐ真ん前を歩いていた少女らの内、一人が振り向いてきた気配がした。
そこには、黒髪ツインテールの甘ロリィタもとい宇乃と、彼女と今日ずっと一緒にいた漆黒のドールがいた。
さらさも由真も、互いに夢中になりすぎて、宇乃達と距離を開けて歩かねばならなかったのに、そんなところにまで気を回せなくなっていたのだ。
さらさ達は、揃って近くのカフェに移動した。さらさと由真はようやっと二人きりの時間が始まるところだったし、宇乃達も、次はいつ都合がつけられるか分からないような機会を惜しんでいた風だったが、最終的に、例のチャット仲間が集結したこのチャンスを重んじる方向に、意見が一致したのだ。
宇乃は、自らのなみに今日の尾行の件を打ち明けた。彼女は今日のデートの相手に、完全に惚れ込んだようで、今後付き合っていく上で、隠し事一つしたくないらしい。
さらさ達の囲んでいるテーブルに、注文したばかりの夕餉が運ばれてきた。
のなみがサラダやらメインディッシュやらを取り分けて、宇乃がそれを配ってくれる。
全員分のドリンクや小皿が行き渡ったところで、一同、揃って手を合わせた。
「のーちゃんさぁ、けど、正直気付いていたでしょ」
「気付かなかったよっ?」
「さら姫みたく可愛い子が、半日ずーっと、十メートル以内にいたんだよ。オーラ感じたりしなかった?」
「うーん、それ……由真ちゃんだけじゃないかなぁ」
のなみが苦笑をこぼした隣で、宇乃が頷いている。
もっとも、さらさだって、のなみに気付かれていなかったとは半信半疑だ。
オーラ云々はともかく、今日は半日、世のストーカー並みに熱心に、二人をつけ回していた。のなみがあれで全く気付いていなかったのだとすれば、彼女は、変質者につけられていても平気で過ごせることになる。
「大丈夫」
宇乃がスムージーをかき混ぜながら、幸せいっぱいな綻びようの唇を動かした。
「のなみちゃんが無防備なら、私が守る。……良いでしょ?」
宇乃の甘ったるい黒目がのなみをちらと捕らえると、のなみの顔に、はにかんだような微笑が浮かんだ。
「宇乃ちゃん、っ……てばぁ……」
「ほら、もう付き合っちゃえ!」
宇乃ものなみもきょとんとした顔をして、一斉に由真を注視した。それから二人、まるで示し合わせてでもいたように、溢れんばかりに照れ臭そうに、くしゃりと相好を崩す。
「のなみちゃん、あのっ……」
「私じゃ不足?」
宇乃がぶんぶん首を振る。
「これからよろしくお願いします!!」
のなみが宇乃の両手を優しく掬う。彼女の宇乃を見つめる瞳は、端から見ていて口許が緩んでしまうほど、とびきり優しい色をしていた。
──fin.
妖精カテドラル