卯月も半ばになったというのに、夜の帷(とばり)が地上に降りる時間になると、未だ寒気立つような夜気が辺りにたなびく。長閑な道端に続く桜並木の薄紅色は、昼間でも十分賞賛出来うるものだが、月明かりにぼんやり浮かび上がっている様は、ひときわ幻想的に見える。

 諸里りほ(もろざとりほ)は、今夜も、そんな春の夜色を縫って、寒々しい帰路を急いでいた。

 りほの起臥している家は、表通りの脇道に入った先に続く住宅街の一角にあった。

 軒先から戸口までの距離は近く、一歩土間に踏み込むと、いつでもさっぱりした玄関と、廊下が視界に飛び込んでくる。

 りほは扉を閉めてパラソルを傘立てに差して、教科書やらファイルやらでいっぱいになったバッグを下ろした。そうして黄色い小花とモカブラウンの蝶の模様が一面に散りばめてあるワンピースの裾を、上がり框にふんわり広げて、三連リボンとスカラップフリルの施してあるオフホワイトのストラップシューズの留め金を外しにかかった。

 すぐ後方で、扉の開く音がした。

 「りほ?」

 「まぁちゃんっ、ただいま!」

 りほが振り向くと、女性が一人、リビングからひょっこり顔を出していた。

 女性は優しい目許にすっと通った小さな鼻梁、柔らかな線を描いた輪郭に、それらのパーツからすれば些か意外な赤いルージュを引いた唇をしていて、清楚でありながらどこか艶やかな雰囲気がある。黒く艶やかな髪は胸を覆うほどの長さがあって、白い七分袖のカットソーに若草色のマキシ丈のスカートを取り合わせるという出で立ちが、その肉感的な体躯を何とも悩ましげに引き立てていた。年のほどはりほより五上で、この春で二十五歳になる。

 彼女は、名前を洲籐まなせ(すどうまなせ)という。

 まなせはりほの在籍している四年制大学の非常勤講師で、プライベートでは、この通り同棲中の恋人だ。

 「お帰りなさい。お疲れ様、りほ!」

 「まぁちゃんもお疲れ様。今日は残業免れたんだ」

 「レポートチェックするだけだったから、持って帰ってやってたよ」

 「なるほど」

 「ねぇね、ご飯にする?お風呂にする?それともあ、た、し?」

 「ベタな雑誌の投稿コーナーみたいな台詞だぁー」

 「小さい頃、言ってみたかったから言ってみたんだ」

 「ふぅん」

 「生涯添い遂げるって決めた人、限定でね」

 「あわっ、あわわっ」

 寝耳に水の科白が耳に触れてきたのとほぼ同時、りほが腰を浮かせた瞬間、柔らかな重みが背中にのしかかってきた。

 まなせの腕が肩に絡みついてきて、安堵と身の引き締まる思いが一度に押し寄せてきて、甘ったるい苦しみが、胸をじわじわ満ちてゆく。

 「まぁちゃん、お風呂……」

 「だぁめ」

 「ご飯、冷めない?」

 「あたしかご飯、どっちが大事?」

 まなせのこんなに可憐すぎる声は、講義の場では決して聞けない。

 りほはまなせに雁字搦めにされたまま、顔だけ振り向く。

 優しく甘えたな恋人は、無論、とっくに講師の仮面を脱ぎ捨てていて、その赤い唇は妖しく下弦の月を模倣して、濡れた瞳を細めていた。

 「りほ……」

 「会いたかった」

 「うん」

 「まぁちゃんの講義聞いてる時も、早く帰ってくっつきたいなぁって、黒板よりまぁちゃんのことばっかり見てたよ」

 「うん」

 「バイト休みたいくらい会いたかった。半日会えないだけで、こんなに淋しいなんて……」

 「辞めれば良いのに」

 「そういうわけには……」

 「交際費と携帯電話の管理費くらい、あたしが持つって言ってるじゃない。家賃もいらない」

 「悪いもん」

 「早く帰っても、りほと過ごせる時間が減っちゃう方が、やだってば」

 だからアルバイトは辞めて。

 まなせが寄越してくる提案は、こうしていつも彼女自身の希望になる。

 それでもりほは、まなせと会えない時間は惜しんでも、アルバイトを辞められない。

 「分かってる」

 りほの肩より少し長いくらいのソバージュのかかったブロンドの髪が、まなせのしなやかな指に絡め捕られる。優しい手指が髪の根本に侵入してきて、耳の後ろからうなじにかけて、ゆっくりゆっくり撫でられる。

 「髪、乱れるよぉ」

 「分かってる。りほがあたしに気を使ってくれるのは、どっちかが庇護して庇護されるような関係が、いやだからでしょ」

 「──……」

 「りほはあたしの理想の人で、あたしはりほの理想の人。お互い、最初で最後の恋にしたいもんね。どれだけ時間がかかっても」

 「卒業したら、まぁちゃんに、ちゃんとプロポーズして……」

 「指輪交換して、二人で、新しい家に移ろうね」

 頬を両手に包み込まれて、清楚なのか婀娜っぽいのか分からないようなかんばせが、視界いっぱいに広がる。

 りほは今、多分、耳まで熱い。

 二人が出逢ったのは、昨年の春だ。

 まなせは、りほが当時履修していた講義を受け持っていた。
 りほはロリィタ、まなせは女性の中でも地味な方だし、何故、二人が互いの共通点に気が付いたのかは分からない。ただ、何となく親しくなって話していると、好きな音楽やら好きな映画やら、オフの過ごし方やらがあまりに似ていたものだから、一緒にいて楽だと思った。一緒にいる内に、楽なだけはない、胸が迫るような何かが身体の奥底で疼いていた。りほはまなせに告白されて二つ返事で頷いて、その夏、この家に来た。

 「まぁちゃん……」

 りほの右手とまなせの左手がじゃれ合って、今にもとけ合わんばかりの眼差しが、熱く絡み合っていた。

 二人の唇が、だんだん、近づいてゆく。

 「…──!!」

 やにわに扉の開く音がした。

 りほの耳が、その、やけに大きな摩擦の音に打たれたのは、本当に本当に突然のことだった。

 「お母さん!」

 「まなせ……」

 振り向くと、りほは今し方まなせに「お母さん」と呼ばれたと思しき女性に、射るような目光を浴びせられていた。
  
* * * * * * *

 りほがまなせといつもと変わらない夜を迎えようとしていたところに、思いがけない客人が訪ねてきてから、三日が経った。

 客人は、とんでもなく美しかった。そして、まなせに「お母さん」と呼ばれていなければ、彼女の知人や友人に見まがっていたろうほど、実子の面影が薄かった。

 もっともあの客人は、正真正銘、まなせの母親だ。

 りほはまなせの母親、すなわち洲堂鴇代(すどうときよ)と名乗った女性に、娘との交際を猛反対された。そして、まなせの家を一週間以内に出ていくようにと命じられた。その時は、まなせがりほを庇ってくれたが、結局、波風は絶えず、彼女が母親を半ば追い返すようにして、駅まで送っていったのだった。

 鴇代に二人の交際の許可を得る。

 決意して、りほは今、隣町を訪ねていた。目指す先はまなせの実家だ。

 どこまでも広がる青い空、そこに絵の具をしたためたような山々や木々が彩っていて、昔ながらの家並みが続いていた。

 りほは、今日もふんだんにボリュームを出したブーケ柄のワンピースの裾を揺らして目的地へ向かう途中、黒いパラソルの枝を握り直して、気持ちをぐっと引き締めた。






 まなせの実家は、この長閑な町に相応しく、古色のついた純和風の邸宅だった。

 石塀に取り付けてある門をくぐれば、松の樹や盆栽があちこちに見られる庭が広がっていて、その中心に構えてある家屋は、黒い瓦葺きの屋根に、木筋に漆喰を固めた外壁、木製の窓枠に填め込んである引き窓という、どれも年季が入ったものばかりで成り立っていて、古き良き時代を匂わせる風格が漂っていた。

 りほは鴇代に出迎えられて、縁側の最奥にひっそりとある和室の一つに通された。

 鴇代は、変わらず美しかった。

 件の夜は、混乱していたのやらショックやらがあって、最愛の女性の生母をじっくり眺められなかったが、今こうして間近で見ると、やはりまなせに似通っているところがある。
 鴇代の目許は穏やかで、そして清楚な顔立ちだ。ぱっと見は少女のような体つきでありながら、その肉体を包み込んでいる薄紫の着物の中には、艶やかな女のそれが忍んでいようとは瞭然だ。三日前は洋装に合わせて腰にまで下ろしてあった黒髪は、今日は、大きなシニヨンに結われていた。

 「柚茶は飲める?急だったから、お茶請けはこんなものしか出せないけれど……」

 「お構いなくっ」

 りほは両手をぶんぶん振って、卓袱台に乗った盆から、湯飲みを取り上げる。飲み口に唇を近付けると、爽やかな柑橘の匂いと一緒に、ほっとするような湯気がまとわりついてきた。

 少し、拍子抜けしていた。

 三日前、鴇代は噛みついてこんばかりの剣幕だったから、今日こそ平手打ちの一つや二つは覚悟していた。にも関わらず、りほは今、寧ろ優雅な微笑を湛えた彼女におもてなしを受けている。

 隠していたつもりではなかった。されど、許可も得ず同棲していたのはまずかった。

 りほが思うに、まなせは、この家からして、おそらくやんごとなき家柄だ。そういう家柄に限って、特に昔ながらの考え方の名残もあろうし、りほが出て行けと言われた件も、悲しいながら納得がいく。

 「お母様」

 「お母様?」

 「いえっ、あの、洲籐様」

 「…………」

 りほは湯飲みを盆に戻して、背筋を伸ばす。

 「まなせさんと……洲籐様にお断りもせず暮らさせていただいていたこと、申し訳ありませんでした」

 「りほさんは、まなせのいる学校の教え子よね?何故、一緒に暮らしていたの?」

 「恋人として、お付き合いしております。まなせさんにとって私が、私にとってまなせさんが、お互い初めて愛し合える人でした。これからも、他にどなたかを好きになることはありません」

 「つまり、ふしだらなお付き合いではないわけね?」

 「はい」

 「だから認めてくれ、と?」

 「お願いします」

 りほは鴇代の双眸に、じっと見据えられていた。

 穏やかな目許の奥に潜んだ眼光は、いかにしても、まなせのそれと似ても似つかない。

 ふっと、鴇代をとり巻いていた空気が変わった。薄紫の襟から覗く匂やかな首筋を辿っていった顎の上、気高い微笑を浮かべた小さな唇から、聖母の溜息を思い浮かべるような息がこぼれた。

 「まなせは頑固で、自分が一端こうと決めたら、親の意見なんて聞かない。私が反対したところで、あの子は貴女を諦めないわ」

 「それは……じゃあ……」

 「私は、反対よ」

 「──……」

 「貴女は学生の身で、まなせと同じ大学にいる。交際が表沙汰になれば、あの子の教師としての将来が危うくなる。それに、私の良人……つまりあの子の父親は、古い考え方の人でね、結婚前の女性が恋人と暮らしているなんて、どう仰るか」

 「許可をいただけるのでしたら、私が洲籐様のお家に入ります」

 「養女縁組みを望むの?」

 「海外でパートナーとして婚姻しても、生活するのがこちらなのですから、その方がまなせさんの生活も変わりません」

 まなせと一緒にいられるなら、どんな手段も惜しまない。寧ろ戸籍で繋がれるなら、りほ達にとっても不利ではない。

 「りほさん」

 鴇代が、そっと着物の袂を整えた。

 「私が貴女に言いたいのは、そういうことじゃないわ」

 「では、どういう……」

 「良人は後で構わないの。あの人はまなせに甘いし、あの子が頼み込めば、何だかんだで同棲の一つや二つ、許すでしょう」

 「──……」

 「問題は」

 りほの右手に、鴇代の左手が重なってきた。

 「す、どう、さま?」

 「貴女が洲籐の娘の恋人として相応しいか、私に確かめさせさえすれば良いの」

 「え……」

 「いやとは言わないわよね?」

 右手がぐいと引き寄せられて、女の艶めかしいかんばせが、間近に迫る。

 りほは得も言われぬ胸騒ぎを覚えながら、指先に絡みついてくる濡れたものが、恋人の生母の舌先だと覚った。
  






 りほは鴇代に、家屋の裏手に連れていかれた。

 表玄関より狭い戸口を出ると、木陰に隠れて母屋があった。

 りほが鴇代の後に続いて母屋に入ると、存外に磨き上げてあったフローリングに、古びたチェストと見目からして年代物のテーブル、年季の入ったソファがあって、それから全身鏡が立っていた。

 「洲籐様……」

 鴇代がいとも優雅に身を翻して、チェストの側に膝を下ろした。

 「──……」

 「お着替えなさい」

 りほは振り返ってきた鴇代の手許に目を落とす。

 白い小花とリボンの刺繍の入ったチュールレースのベビードールと、同系色の、やはり白い小花がモチーフになったガーターベルトとニーハイソックスが、薄紫の袂にしゃらんと乗っかっていた。

 「お洋服と、貴女の今つけている下着を外して、これに着替えて」

 「でも……あの、ちょっと……」

 りほは言葉を濁らせる。

 鴇代の出してきた下着はどれも美しく、華やかなディテールの凝ったものばかりだ。中でもベビードールは格別だ。繊細なレースのたゆたう肩紐は、刺繍のみならずリボンの小花まで散りばめてあって、胸元からウエストにかけて広がるフリルも無論レースで出来ている。そこに、更にふんだんのギャザーの寄ったフリルが二段あしらってあって、殊更可憐だ。

 しかしながら、これらは、おそらく身体を隠す役目をなさない。

 「貴女、何か勘違いしているわね」

 「え……」

 りほは冷たいメゾの響きにはっと顔を上げた瞬間、ぞくりとした。

 鴇代の穏やかな目許の奥が、微かに氷の如くぎらついていた。

 「私は、貴女がまなせと一緒にいさせるべき人間かを見極めるために、こうして時間をとっている。洲籐の家に入りたいなら、心も身体も、貴女が私に隠すところは何一つないでしょう?」

 「──……」

 りほはおずおず手を伸ばす。

 身体の奥がいやに震えて、羽根のように軽い白いレースの塊を、もう少しで取り落しそうになった。

* * * * * * *

 りほはワンピースも肌着も脱いで、濃艶な下着をじかに身につけた。さすればりほは、案の定、みるみるしどけない姿になった。

 そうしてりほは、全身鏡に映った自分自身と対峙していた。

 無防備な肢体は全裸に等しく、鴇代の腕が、後方から絡みついている。そして、りほの頼りなくレースに透けた平均より小さな乳房は、美女の悩ましげな手のひらに、触れるか触れないかくらいの力加減で、円を描くように撫で回されていた。

 「おやめ、下さい……洲籐様……、あっ、あっぁぁ……どう、して……」

 「それは私が聞きたいわ。どうして貴女は、そぉんな、今に失神でもしそうな顔をして顫えているのかしら?」

 「ぁっ、はぁっぅ、ぃや……はぁっ、ああ……」

 「おっぱい触られて嬉しい?それとも、自分の身体に興奮している?さっきから、貴女はとっても物欲しそうな目をしている。そうやって顔をしかめて、ここ、硬くなるのはどうして?」

 りほは首を横に振る。

 鴇代が囁きかけてくる度に、まるで全身が疼くようで、左右の胸が片時も休まらず撫でさすられている所為で、いよいよ力が抜けていく。

 パンティをつけることすら禁じられて、この、あえてガーターベルトだけをつけた姿は、想像以上に惨めな心地を伴っていた。

 「まぁちゃん、の……私は、まなせさんのものです……!」

 「奴隷の分際で生意気言うんじゃありません!」

 「ぁぐっ」

 乳首が強烈な力でつねられた瞬間、とうとう我慢出来なくなって、くずおれた。

 りほは何が起きているのか分からないまま振り向いて、顔を上げる。

 鴇代が、自らその身体を包んでいた着物の帯をほどいて、惜しげもなく薄紫の衣裳を脱いだ。
 大和撫子の殻が破れて出てきたものは、合皮製の黒いビスチェにヒップのみを隠したボトム、そして網タイツに身を固めた女王の姿を気取った美女だ。

 「あ……ああ……」

 りほの顎が、鴇代の指に捕らわれる。

 やはりまなせと似ているようで似ていない、鴇代の冷たい双眸に、いっそ家畜でも見ているような無情な色が浮かび上がっていた。

 「お舐めなさい」

 「…──っ」

 「しゃぶれと言っているでしょう!!」

 「ぅぐっ」

 口内に指がねじ込まれてくる。

 理不尽だとか悔しいだとか、考え出せばきりがない。あらゆる抵抗の余地を奪われたも同然だ。

 りほは鴇代の指を舐める。人差し指、そして中指、親指に舌を絡みつけて、しとやかな長い指の一本一本、丹念に味わっていく。

 全ての指をしゃぶり尽くすと、ようやっと頭が解放された。

 りほの手許に、小さな棒状の物体が転がってきた。

 「電動マッサージャー、使ったことはあるかしら?」

 「…──ありません……」

 「そう。だったら、今日初めて楽しみなさい」

 「私が、洲籐様にして差し上げればよろしいのですか?」

 何故、こんなことになったのだ。

 りほは、今頃あの家で自分を信じて待ってくれていよう恋人の面影を思う。まなせに申し訳なくて情けなくて、悲しくて、やるせなくなる。

 鴇代の鼻を鳴したような気配がした。

 「りほ、まだ自分の立場が分からない?」

 「…………」

 「りほは私を楽しませる奴隷なの。さぁ、そのソファに座るのよ。脚は……、そうねぇ、両方、肘掛けにかけなさい」

 「──……」

 「そう。そうすれば貴女の涎だらけのお口がよく見える。私はここで見ているから、今から一時間以内に十回、一人でイきなさい」

 「そなっ……」

 りほは抗議の声を上げた。もっとも、喉元まで突き上げてきた反論は、鴇代がすかさず寄越してきたとどめによって、永遠に封じられることとなる。

 それが、貴女達の交際を許す条件よ。

 「──……」

 無茶苦茶だ。

 りほは、されどこの悪魔の如く美女の視線が、いつしか媚薬にも優る魔法に変わっている感覚にいざなわれていた。
  






 りほはソファに落ち着いて、鴇代に命じられた通りに自涜していた。

 エロティックな肌着の上から、躊躇いながら自分の胸をそろそろと掴んで撫でさすり、そうしながら電源を入れた玩具の先を、恥丘の辺りに近付けた。小刻みに振動している先端が、じかに肌触れた瞬間、ぞくりとしたものが身体を駆け巡っていって、ともすれば理性をさらわれんばかりの恐怖にたゆたえば、鴇代の冷酷な双眸が、無言で牽制をかけてきた。

 何故、こんな辱めを受けねばならないのだ。

 りほは鴇代の実の娘の恋人だし、鴇代にだってパートナーがいる。

 頬を生理的な涙が伝う。

 その一方で、りほはあの優しい恋人の他に決して許さないと決めていたような場所をまさぐって、自分より一回り以上も年上の美女に視姦されている内に、身体は考えることを放棄しているのを自覚していた。

 「あっ……はぁ、あっ……あっ、あっ、ぁあああ……っ……」

 「いやらしくて良い表情(かお)だわ。でも、まだ四回。残り三十分で六回イかなくちゃ、私は貴女を認めなくてよ」

 「ぅ、うぅ……あん、あん、はぁぁ……す、どう、さま……ああぁぁっ!!……──はぁ……」

 「さぁ、あと五回」

 りほの足許に、鴇代が緩慢な挙措で腰を下ろした。

 気高く官能的な美女は、日本風の衣裳を脱げば、殊更その魅力が顕れていた。黒い合皮で出来た肌着が、彼女に生まれつきまとわりついてでもいたように、しっくりしている。

 がくがく震える太ももが、鴇代の電流にも似通ろう視線を受けて、ぐしょぐしょになった下腹部が、いっそう卑猥な音を立てる。

 りほは鴇代に見られている格好のまま、左手で乳首にマッサージャーの振動を当てて、右手の中指で膣の内側を、人差し指で膨れ上がった陰核を撫で回していた。

 「気持ち良い?」

 「分か、りませ──…やぅっ」

 愛撫を休めていた乳房の先端に、血の滲み出るような痛みが走った。鴇代に洗濯鋏を付けられたのだ。

 「嘘をつく子はお仕置きよ」

 「い、たい、……ひっ」

 「りほはいたぶられるのが好きなんでしょう?」

 無機質なものにつねられた乳首が引っぱられて、耳朶に、官能的なメゾを奏でる唇の質感が触れてきた。

 「あっ……はぁ……ああっ……ぅぅぅ……」

 「どうしたの?乳首つねられて、私に見られるのがそんなに嬉しい?りほの下のお口が垂らしてるよだれ、ソファのシミになりそうだから、この太ももに塗ってあげる……」

 「あっあっ、はぁ、もぉ……っ、ああぁんっ……」

 「ふふ……りほ、まなせとローションで遊ぶなら、自分の愛液使いなさい?塗っても塗っても溢れてくるわ……発情期の家畜でも、こんなに貪欲じゃあないわ……」

 「ぁああ……あっ、あん、あんっ、あっ、あああぁぁ……!!」

 また、意識に閃光が走っていった。

 りほがぼんやりしていると、頬に鋭い痛みが走った。さっきから、こうして意識を手放しかけると、りほは鴇代に平手打ちで快楽のショックから引きずり戻されていたのだ。

 「ぅ……あっ、あっ、あああ……」

 「ほらほら。早く六度目イかないと。……指、もう一本増やしなさい?」

 「はぁ、はぁ……」

 りほは人差し指を膣に沈める。ほぐれきった熱い泉は、その二本目の指も、食いつくように受け入れた。
 電気マッサージャーをあてがっていた乳房が、鴇代の手のひらに包み込まれる。その手は振動を挟み込んだまま、優しく優しく皮膚の上を彷徨って、ゆっくりと、甘やかな責め苦の道具に変わる。

 「あっあっ、あぁん、あっ……それ、やぁ……ぁあああっ!!」

 「はい、六回。自分で指突っ込んで、もう六回もイっちゃったわね。まなせがここにいなくて残念」

 「…──っ、違……」

 「黙っていて欲しい?」

 当然だ。いくらこれがりほとまなせの交際の条件でも、こんな姿を知られれば、きっと幻滅されてしまう。

 りほは鴇代に何度も頷く。

 そうしながらも、指が、勝手に、泉の中を泳ぎ続ける。

 「うぅっ」

 洗濯鋏が閉じた状態で外れていった。

 りほが皮膚の裂かれかねん痛みで、否、実際に出血は免れていないだろう痛みで今日二度目の涙を流すと、鴇代がすっと腰を上げた。

 たった今まで痛みに耐えかねていた左乳首が、優しい温度に吸いつかれる。

 「…──っ、ふぁ、あっ、あっ……」

 「小さいけれど美味しいおっぱい……。ねぇ、時々こうして、私に貴女の淫らなところを見せる気はない?」

 「洲籐様、は、……私の、愛する人のお母様で……ああっ……」

 膣口に、新たな異物が入り込んできた。

 りほは乳首を彷徨う唇に、舌先に、うっとりしながら、自分の指と鴇代の指でかき乱されて、いっそう激しく踊り狂う。

 「あんっ、あっ、あんっ」

 「りほ」

 「んむ……っ」

 唇をキスで塞がれて、接吻の離れた左乳房に、優しい手の平賀被さってきた。

 首を夢中で横に振っても、決してキスから逃れられない。

 それどころか、まなせにも滅多に求められないような口内にまで、鴇代の媚薬をまとったような舌が侵入してきた。

 「はぁっ……」

 「りほ。……りほ、愛してる……」

 「ゃ、すど、うさま……」

 「私を貴女のものになさい。そう、すれば……貴女は一生まなせのもの……」

 「……ん……」

 押しに負けてはいけない。一過性の快楽に、蠱惑的なキスに、甘い言葉に騙されてはいけない。

 りほは頭の片隅で、理性の打ち鳴らしているサイレンの音を聞いていた。

 それなのに、また、キスとキスの合間にこぼれる吐息に、悪魔の囁きがとけ入る。

 「……先日、初めて貴女を見た瞬間(とき)から今日まで」

 「……っ、……」

 「私はどうすれば貴女を手に入れられるか、そればかりを考えていたわ」

 りほは鴇代に寄越されたものが、最低の恫喝でありながら、最高の愛の言葉に聞こえた。







──fin.
妖精カテドラル