愛は害した

ラッシュバレーで赤ん坊が生まれるところに立ち会って、ダブリスで先生にあって、デビルズネストであんなことがあって。腕が壊れてしまったからウィンリィに会いにラッシュバレーに戻ったらシンから来たという三人に襲われて。
セントラルに戻ってきたらあんなに親切にしてくれたヒューズさんが殉職していて。ロス少尉がその犯人として投獄されていたと思ったら大佐がロス少尉を殺して、かとおもったらホムンクルスをおびき寄せるための作戦を聞かされて。賢者の石にホムンクルスに、動きの怪しい軍に真理の扉の記憶。
正直頭がいっぱいいっぱいだった。ロス少尉の件で完全に頭に血が上ってしまった兄さんはアームストロング少佐に連れられてリゼンブールに連れていかれてしまって今はいない。ここまでバタバタとしていたせいで、兄さんに相談し損ねていたことがあって、やっとそれを言う決心が付いたというのに肝心の兄がこの場にいないのだ。一人の部屋で眠れもしないのにベッドに腰掛けてみるがその柔らかさすら分からない。多分、隣の部屋でウィンリーは泣いているのだと思う。まだヒューズさんの事に関して気持ちが落ち着いているとは思えない。僕だってまだ、折り合いなんて付けられていないのだ。だって巻き込んだのは僕たちだ、僕たちが殺してしまった。もう絶対に誰も巻き込みたくない、そう思っていたのに大佐の部下であるハボック少尉が、この前の作戦で下半身不随になったと聞いた。知ったのは偶然で、大佐のお見舞いにと向かった病室でハボック少尉と恐らくは彼を担当していた医者が話していて、それを聞いてしまった。多分まだ大佐も知らないような事を僕が誰かに言えるはずもなく、だけど突き詰めれば僕らのせいでと思えてしまってどうしようもない。
そして、そうやって巻き込んでしまった人がもう一人いるかもしれないと僕はすこし、予感してしまっている。予感と言うにはまだぼやけたもので、けれど無視するには些か後悔が残りそうなそんな気がしている。ずっと兄さんに言うか言わないか迷っていた。


「どうしてかなあ」


あえて、声に出してみる。どうしてかなあ。僕らはずっと、ただ自分の体を元に戻したいだけなのだ。けれどその願いは簡単なものではなくて、きっと奇跡でも起こさないと成しえないのではないかと言うくらいに難しい話で。当たり前だった“体がある”という事がそんな風に遠くになってしまって、それに慣れてしまうくらいに僕らも旅を通して時間を過ごした。その旅のなかでたくさんの人に出会って、辛いことも沢山あって、でもこんな見てくれの僕でも人の、子供として扱ってくれる人がいて。それがとてもうれしかったのに、ありがたいそれをきっと僕は“当たり前”にしてしまっていたのだ。いや、周りの人がそうしてくれていたのかもしれない。ヒューズ中佐が亡くなってしまってやっとそれが失いたくなかった当たり前だったことを思い出した。同じだと思った、僕の体だってそうだったのだ。当たり前でまさか亡くなってしまうなんて微塵も思っていなくって、それなのに浅はかな行動のせいでそれを手放す羽目になってやっとことの重大さと失ったものの大きさに気が付く。もうこんなことは絶対にしちゃいけないと、泣いているウィンリーの泣き声を聞きながら思った。もう当たり前のことを当たり前の日常のままにしていられるように、まわりの日常を奪ってしまわない様にしなくちゃいけない。僕らの体を取り戻したいからってそれだけの旅じゃあなくなってしまったのだ。ただそれだけを追いかけていくだけの時間は終わった。今までの旅を見守って支えてくれた人達の日々を壊すなんて絶対にしてはいけない。
これ以上、手遅れになってはダメだと静かな深夜の中でそう思った。



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投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905