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「ひどいや志摩君……」
「ほんま先生酷いよなぁ、こんなに量ださんでもええと思わん?」
酷いや志摩君。心の中でもう一度愚痴るようこ零して、突き出された課題を手に取る。いやに真剣な顔で「放課後、時間ある?」なんて聞いて来た志摩君にそりゃもうこちとら凄まじい勢いで期待をしたというのにこの仕打ち。ちょっと泣きそうである。みなまで言わずともわかってもらえるだろうが、結果としてただ課題を教えてほしかっただけという落ちだ。それも小テストでの赤点に加え、そのペナルティーであった補講をさぼったから出された特別課題。聞いた時は自業自得過ぎて呆れてしまったが、これも惚れた弱み、帰る気にもならず大人しく彼に勉強を教えていた。ドキドキしながら空き教室にきた私のさっきまでの気持ちを返してほしい。
なんでよりにもよって今日なのかな、とおもうせいで内心やさぐれそうだ。
「なんでこんなあんねん……おわらんて……」
「補講サボるから」
「のっぴきならん事情ですぅ〜」
ぶーぶーと文句をいいながらも手を動かしているので、提出までしないなんてことは流石にやばいと思っているらしい。「ですぅ〜」といったまま口を尖らせるの、やめてくれないかな、顔が良いから見てしまう。
不毛な思いだとは分かっている、志摩君は見た目通り羽のように軽い男だし、女の子であればみんな大好き〜なんて公言できるようなチャラさがある。多分だけど一人と付き合うとか、無理そう。重たいのとか束縛とかすんごく嫌いそうだし。そういえば、
「なんで私に聞いてきたの、これ」
「おべんきょなら一番やもん」
らしい。勉強は私、甘いものを食べにいくならA組のユリコちゃん。映画に行くならC組のナナちゃん。ラインでよくやり取りをするのは同じクラスのリサちゃん。より取り見取り、その日の気分で遊ぶ女の子を変えている節もあるから碌でもない。惚れたほうが負けとはよく言ったもので、相手にその気がないとわかっていても期待して、思い通りに遊ばれて……いや、私は遊んでは貰っていないか。いいように使われての方が正しいかも、あ、やだ悲しくなってきた。
まあ、私に志摩君を誘う意気地がないことだって、悪いんだけれど。でも、ちょっとでも彼に面倒だと思われたらこうして勉強を教える特権すらなくなってしまうかもしれない。そう思うとどうしても必要以上に声なんてかけられなかった。
「この公式どっからきたん……?」
「……ここ」
「……おーきにぃ」
その間は絶対分かってないでしょ、と思わなくもなかったけれど突っ込みを入れる元気がなくなってしまっていた私はそのまま聞かれたところだけ答えることに徹した。まあ、志摩君もこれを求めて私に声をかけたんだろうし。雑談がなくなって、志摩君がシャーペンを動かす音だけになる。なんだか気まずくなってしまって、スマホを開けば寮で仲良くしている子達からまだ帰ってこないのかというラインが何件も来ていた。…帰ろっかな、待たせるのも悪いし。志摩君を見れば、課題も結構進んでいるようだしもう大丈夫だろう。多分だけどお祝いしようとしてくれている友達をそのままにもしておきたくなくて、開くだけで何もしていない自分の宿題をぱたりと閉じた。
「え、なになに?なんで仕舞うん?終わったん?」
「んーん、帰ろっかなって」
「え」
鞄を膝の上に乗せ、ぽんぽんと物を入れていく。飲み物、ノート、教科書、筆箱まで入れた時に「ええ!」と志摩君が声を荒げた。
「そんな殺生な!」
「志摩君今日何の日か知ってる?」
「え?あ?えっと……」
「私のみたいドラマがある日」
「え?え?今日何のドラマやったっけ?てか初耳やねんけど」
「女優さんが可愛いからおすすめだよ、じゃあね」
自分が情けなくなって、せめて普段通りに笑いながら手を振れば、なんだか焦ったような顔のまま手だけ振ってくれた。勝手に期待してしまった分、落ち込んでしまうのも仕方がないことではあるが、おめでとうくらいは言ってほしかったな、なんて欲張りだろうか。
ささくれだった気持ちを察してくれたのか、寮に戻ったら友人たちがそれはもうどんちゃん騒ぎをしてくれたお陰で暗い気持ちもだいぶ吹き飛んだ。クラッカーにはじまり、その日は深夜近くまでわいわいと騒いでしまったけれど、近くの部屋の子達も一緒に祝ってくれていたからか苦情が来ることも無かった。集まってくれた友人たちに感謝を述べて同室の子がトイレに行くのを見送って、ふとスマホを手に取る。先ほどまでいた友人たちからすでに写真が送られてきているようで画面に通知が連なっている。スクロールをしていると、その中に彼の名前が混ざっていた。指が、とまる。
―――来月の4日も勉強教えて
一瞬なんの事だと思うも、すぐにその日が何の日であるのか私の脳ははじき出す。
来月の、4日。その日が彼にとってどういう日であるか、私は明確に覚えてしまっている。
通知をそのままスクロールすると、続けて志摩君からのメッセージを見つけ、思わず口をポカンと開けてしまった。
―――めっちゃダサいねんけど明日渡すから
―――なんか渡すのキンチョーしててん、ほんまごめん
え、え!?と慌てて彼のラインを開くと、「来月の4日も勉強教えて」の文字だけ。混乱しながら誰かの通知と間違えたのか、と思うも「れんぞーくんがメッセージの送信を取り消しました」の文字を見つけてしまって見間違えではなかったのだと心臓が痛くなった。緊張、って書いてた?渡すって、なに?だって来月って志摩君の、私が今日だって忘れてなかった?
通知をまた開くも、どうやら一度開いてしまうと表示はされないようで確認のしようがなく余計にもやもやとさせられてた。雪崩のように怒涛の疑問と、ぷかぷかと水泡のように浮かんで弾ける期待。ああ、もうほんと、そういう所だよ志摩君。これだからいつまでたっても彼を嫌いになんてなれないのだ。
2020.6.5
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投稿日:2020/0808
更新日:2020/0808