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生きていきにくそうな性格をしているな、それがエドワード・エルリックへのもった印象だった。賢く、型にはまらない柔軟な発想が出来る癖に、ある種の潔癖と言えばいいのだろうか。一定ラインから融通が利かなくなる、それも譲れない部分を真正面から、馬鹿正直に相手にぶつけ衝突を起こすエネルギーすら持ち得ている。よく言えば芯があるとも言うのだが、私にとっての印象は生きにくそうというそれに収まった。多分、彼が国家錬金術師なんてものになっていたからこそ抱いた感想なんだと、今ならば思う。
エルリック兄弟との出会いは、今だからこそ笑えるがその瞬間は本当に心臓が止まるかと思うくらいに衝撃的なものだった。雨の酷い日で、人通りも少ない大通りの中、傘もささずに真っ赤なコートを着たエドワードを見つけてしまったのが運の尽きだったのだと思う。大丈夫かあの人、と声をかけようと近寄ろうとしたその前に彼に近寄る大きな人影。なんだ知り合いでも待っていたのかと足を止めた瞬間にどういう訳かなにやら二人は揉めだし、気が付いた時には大通りが半壊していた。何が起こったのかさっぱりの状態で、悲鳴を上げる間もなく瓦礫に潰される始末。まじで死ぬかと思った。腕にかすり傷程度で済んでいたので逆にどんなミラクルだと今後の自分の運を使い果たした気持ちにさせられたのは余談だ。
後々に分かったのだが、大きな人影は指名手配中の傷の男だったらしく、国家錬金術師を殺して回っていた超危険人物だった。国家錬金術師であるエドワードを殺そうとしていた場面にばったり出くわしていたなんてどんな偶然だ、と東方司令部の軍人さんに治療と説明を受けながら絶句した。そして同年代で命を狙われるなんて、と目を向けた先に片腕からごちゃごちゃとコードを飛び出させて、壊れた鎧に話しかけているエドワードを見てしまったわけで。そしてその鎧が話しガタガタと動いていることまでしっかりと目撃してしまった。人間ってびっくりすると動けなくなるんだなと濃すぎるこの日で私は学んだ。保護された先で、巻き込んでしまった一般人だとエルリック兄弟に直接謝罪され、どういう訳か今日まで交流がある訳だが。人生なにがあるか本当に分からないものだなと懐古しながら黄昏る。あの時はエドちっちゃかったのになぁ、懐かしい。
「おい今チビっつったか」
「言ってない」
怖い、思っただけでこれか。じとりと半目でこちらを睨むエドワードは片手に持っていたぶ厚い本をパタリと閉じて大袈裟なまでにため息を付いた。チビ、という単語に笑えるくらいに敏感に反応するのは今でも変わらないのが不思議なくらいに背が伸びたエドワード。謎のコードがびろんびろんと伸びていた手も、今ではすっかり普通の手に戻っている。なんでかはよくわからないけど、まあ戻ったのならいいことだと思って深く聞いてない。どうか他人の手を移植したとか怖い話ではありませんように。それだけは嫌だ、怖い。あと、アルも知らぬ間に鎧じゃなくなってた。どうか他の人の身体とかホラーはやめてください、絶対。
エルリック兄弟は思い出したように東部にある私の家にフラッと訪れる。軍部に用があるついでだとか、汽車で通ったからだとか理由はまちまちだかわざわざ寄ってくれるのだから友人として嬉しいには嬉しいのだが。なんで、とは思っている。今や……いや昔からエルリック兄弟といえばアメストリスでは有名人、それこそ今なんて知らない人なんていないくらい、多分教科書に載るレベルの有名人で。そんな二人が錬金術が分かる訳でも、軍に所属している訳でも無い私に一体なんの用が?今日なんてウィンリィちゃんに持っていけって言われたとか言って、アップルパイワンホール持ってくるために来たらしい。よくよく考えたらパシられてんじゃん。因みにウィンリィちゃんとは兄弟伝手に仲良くなった彼らの幼馴染みの美少女である。
「そいえばウィンリィちゃん元気?」
「……おー」
「歯切れ悪いな、暫く会ってないの?」
「それよりそれ、終わったのか?」
それ、と顎で指した先には私が持ちかえっていた仕事の束。集中力が切れてエドとの出会いを思い出していたのは現実逃避だったようである。
「おわらない」
「……いつまでのだよそれ」
「三日後」
「……今日やんの?」
「うん」
はぁ〜〜とまたこれでもかというほど大きなため息。同時に持っていた本をテーブルに放り、なっがい足をデーンと伸ばし、ソファーの背もたれに頭をぐでんと乗せて全身で「呆れました」とポーズを取る。アポなし来訪しかしてこないため、大抵エドが来るときはやることがあるのだが、毎回こうしてブーブーと文句を言われる。いやそんなこと言ったってエドワードさん、急に来るあなたが悪いですよ。
「お前さぁ、いっつも何も聞いてこないよな」
「え?」
天井を見上げ唸るような声でそんなことをいうエドワード。上を向いているせいで喉が少ししまっているのだろう、いつもよりも低い声だ。案外しっかりとある喉仏が惜しみなく晒されていて、なんだかいたたまれなくなって目を反らしてしまった。
「除け者にされてるとか、なんて教えてくれないんだとか腹立たねぇの?」
「いや……」
機嫌が悪いらしい。のそりと起き上ってきた顔を見て、その目が鋭くなっているにもかかわらず普段よりも静かな声色に、なにかを抑えているようだと感じる。頭をのけ反らせていたせいで前髪が若干目に掛かり気味になっていて、余計にそう見せていたのかもしれない。ゆっくり、瞬きを一つ。意識して落とされたのであろう瞼がもう一度上がった時、黄金色の瞳から温度が伝わってきた、そんな気がした。
「……寂しくねぇの?」
腹が立たないのか、という言葉は右に流してしまっていたというのに、続けられた言葉に少し息が詰まった。さみしく、ないか。いや、いやいやいや。
「ないない、どうしたの急に」
「急じゃねぇよ」
茶化そうとしたこちらの空気を感じたのか、咎めるように発せられた声は擦れるくらい小さかったがそれでも聞かせる音量だった。急ではない、であれば前からそう思っていたという事なんだろうか。それをどうして今言ったんだろう。
こういう所だ。こういう所がエドワードは生きにくいだろうと思わせた所以だ。人間は軋轢を避ける、なるべく平穏に生きていこうとする。それを求めると、ある程度の事は見てみぬふりをするのが常となってくる。関わらないことが一番、平穏への近道だからだ。それを、あえてぶつかってくるのがエドワードで、話を聞いたりアルとのやりとりを見る限りでもそれは十分すぎるほどに思い知っていた。衝突なんて生易しい、隕石が落下してくるくらいのインパクトでぶつかっているから凄まじい気力だ。だが、それが私自身に向けられたのは初めてで、思わず椅子を引いて机に向かっていた体をエドに向けてしまう。
「そりゃ、最初はマジで聞かれたくなかったし、言う気もなかったこっちが悪いのかもしんねぇけど……つうか空気読め過ぎるお前も悪いんだけど……」
「……うん?悪口?」
あれ可笑しいな、うがー!と怒鳴ってくると予想していたのに。これぞ正面衝突と言わんばかりに剣幕でなにか言われるのでは、もしや人間性について色々指摘されるのではと恐々としていたので、想像の数段静かなエドについ思ったことを口に出してしまった。悪口のような、褒められたような。微妙な言い回しだったのでつい突っ込んでしまった。
ぴた、と口を閉じたエドは眉を盛大に寄せてなにやら不満顔だ。多分私も似たような顔をしているだろうけれど眼力が強い分エドの方が凶悪な顔に仕上がる為怯みそうだ。しかし目を反らすのはなんだか良くない気がしてジッと見つめ返す。たったの数秒、たしか人間は目を合せ続けることを得意としていないんだったか。なんだっけ、数秒目が合わせられたら何かあった気がするけれど思い出せない。
ふと、空気に混ぜるように険な表情を解いたエドは、困ったような諦めたような表情を顔に乗せた。なに、その顔。
「流石に俺に興味持てよ、ちょっとは」
息が止まった。途端、ぎゅうと握りしめて潰されているのではと錯覚するほどに肺に近いどこかが痛んだ。そわそわと、全身が浮ついたようにざわつき自分の存在が突然知らない場所に放り込まれたかのように落ち着かなくなる。
「まず、なんでケーキなんて持ってきたか、その理由から聞け」
のそりと背もたれから起き上がり、アップルパイの入っている箱に手を伸ばしそのうえで手を開いてみせる。なんだかエドワードがすると、そんな些細な行動ですらどこか儀式めいて見えるのはどうしてなのか。ぽて、と間抜けな音を立てて着地した蝋燭の入った袋に、思わず声を立てて笑ってしまった。
投稿日:2020/0808
更新日:2020/0808