狩りは姦策

 宮治とは調理師免許を取得する調理師養成施設で同時期に入学した所以で知り合いとなった。同期の男女比は男2に対して女8。そんな中でタッパもあり顔もそれなりによく、授業にひときわ熱心な宮治はそれはもう誘蛾灯のように女子生徒を引き寄せた。おまけにこの調理師養成施設の中でも一番モテる要素を宮治は兼ね備えていた。
「うまぁ……それも喰ってええの?」
「ああうん……どうぞ」
 きらっきらとした期待の籠もった瞳で見下された私は二つ返事で頷いてやる。さっき自分の分を完食したばかりだと言うのに「おおきに、いただきまぁす」とまた新しい皿に箸をつけ始めた宮治に、私はひっそりとダイソンと渾名をつけていた。吸引力が変わらなすぎる。
 もう、本当に見ているこっちがびっくりするほど食べる食べる。ずっと食べている。咀嚼はきちんとしているがもはや飲むスピードで口にパクパクと入れていく。一人前を有に越して三人前はぺろっと胃袋に収めてしまう。作った側としても美味しそうに食べる宮治の表情や食べっぷりは気持ちが良く、これには数少ない男子生徒がノックアウトされていた。お前らそこは「なんだあいつ気に食わねぇ」ってなるところじゃないの?なんて思った私は大概漫画脳である。
結果として男女問わず引き寄せる宮治の人気っぷりはこれじゃあ授業に影響が出るだろうと講師が対策を練るまでに至った。
 至った結果、どういうわけか私と組まされることが増えたのだ。由々しき事態である。講師に問い詰めたところ「お前は宮を珍獣やとおもうとるやろ、目が引いとる」と言われてしまった。なにも言い返せなかった時点で私の敗北である。
「なあこれ味付けになに入れとるん?」
「え?ああこれ……」
「ノートきれいにとっとるんやね」
「忘れるし」
「絵ウマ、色塗ってへんの勿体ないな」
「そんな暇ありませんし」
 手渡したノートを遠慮なくペラペラめくりだした宮治に、でっかい小学生だなぁというあんまりな感想を抱く。悲しいことにタッパのでかいやつも美形にも気持ちの良い食いっぷりのやつにもなれているのだ。そもそも宮治は私が好む系統の顔ではない。ここ重要。それに引っかからなければ親戚にスポーツマンがいる家計であれば食いっぷりも図体のデカさも悲しいことに慣れてしまうものだ。
「はぁ〜、よう考えてつくっとるんやね」
「そのために通ってますし」
「せやけど、先生の教えてないことも試しとるのは自分だけちゃう?」
 そうか?と首をかしげるも宮治はしきりに「すごいなぁ」と感心している。ぽやぽやした言葉を発しながらも、しっかりと隠し味に気がついていくあたり、なんというかこの男は喰えないやつだ。
「ごっそうさん、うまかったわ」
「おそまつさまです」
「なあなんで敬語なん?歳一緒やったよな」
 ノートを奪われてしまったために手持ち無沙汰にエプロンの解れを指で遊ばせていたらぐい、と顔を覗き込まれてぎょっとする。太めの眉が困ったように下がっていあるが口元はニヤけている。何だこいつ、あと近い。のけぞるようにして距離を取れば宮治はまた広角をキュッと上げた。
「まあ……そんなに仲良くないですし」
「ええ、悲しいこと言わんといてやぁ……俺この教室のやつらの料理はあらかた喰っとるやんか」
「はあ」
「自分の味付けが一番好きやってん」
「……それはどうも」
「仲良ぉなりたいやん」
「しらんがな」
 心の底から出てしまったしらんがな、に宮治はゲラゲラと笑った。笑いどころが全くわからず引いた目を向けるとおもむろにその瞳が鋭く光る。まるで腹ペコの猛獣を目の前にしたような気迫に、一瞬息が詰まった。
「逃げられたり避けられたりするとなぁ……追っかけたくなんねん」
 こいつ、性格悪いな。おおよそ2ヶ月ほど授業をともにして思った感想である。2年近くこの学校で学んでいく中で、果たして私はこいつのおもちゃにならずに済むのだろうか、とついつい溢れそうになった「こわ」という言葉を飲み込みながら不安に思うのだった。

2024.06.08

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投稿日:2024/0608
  更新日:2024/0608