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「……及川」
「なに岩ちゃん」
「そんなに落ち込むくらいならいい加減やめろ!!」
 付き合いが長くなるとちょっとした心境の浮き沈みすらも明け透けになってしまうのか、嫌だなーと思いながらも言葉通りに深く落ち込んでいた俺はその叱咤とともに飛んできた平手を甘んじて背中に受けた。絶対に紅葉が出来たなとその音と痛みから察しながらも普段の様に痛いと騒ぐ元気すらないようで、我ながら重症のようだと他人事のように思った。
 だって、頭で考えていたことが口に出ないんだ。気が付いたらこの口から漏れているのは悪態だったり嫌味だったり、その言葉に合わせる様に表情筋も働くものだから救いようがないと自分でも思う。どこからどう見ても心底嫌そうに、嫌悪を露わにして言葉を吐いてしまう。もう癖の様にすらなってしまっているのだ、完全なる悪癖。
今年の新入生でマネージャーを希望してくれる子は多かった、ついでに去年も一昨年も。
 けれども部に入部したはいいが結局マネージャーの仕事をやり切れなくなったり、入部前に持っていたのであろう理想とかけ離れていたなどという理由で辞めてしまう。もしくは使い物にならなくて監督から退部を進められてやめていく。その理由が自分に有ると言うのは分かっていた。いや、そうやって中途半端な気持ちで入部を希望する子が多い理由が、自分に有るという意味合いでだ。別に俺のせいでやめていくという訳ではない。俺に告白してフラれて、気まずくなってやめていくと言うパターンもあったが、まぁそれは特例だとしよう。
 男子バレー部への入部目的が「及川徹との接点を持ちたいから」。そんな子が生半可な気持ちで多く来てしまうからこんなことが起こっているのだ。バレーに真剣な部員しかいないような部なのにもかかわらず、それをイマイチ理解しないで入部してくるものだからギャップに耐えられなくなったりマネージャーとして機能しなかったりと本当に散々で、俺のせいとまではいかないのだけれど、申し訳ないくらいには思っていた、少し。
 だから今年の新入生もそうなのだろうと投げやりに思っていたのだが、一人だけ入部から三か月以上も持った子がいた。それがなまえちゃんで、気は凄くきくしなにより選手の練習を最優先にという彼女の思いが伝わってくるような働きぶりなのだ。そして何より、彼女はバレーが好きらしい。目を爛々とさせてプレーを仕事の合間に眺めているし、真剣に俺たちの応援を、本気で全国へ行くサポートをしてくれている。そんな彼女に対する部での評価は上々で、この岩泉一という気難しい男でさえよく誉めているくらいなのだからそれだけ俺たちと遜色ないくらいに部活に、バレーに真剣に向き合って取り組んでいた。
 そんな彼女を俺だって印象よく思っていたし、なにより誰に対しても同じようにプレーを全力でしてほしいという彼女は誰に対しても平等だった。勿論俺に色目なんてもってのほか、それどころか彼女と俺が話した内容も部での連絡事項かバレーの話くらいだ。バレー馬鹿、そんな子だと思っていた。
 だから、そんな彼女が顔を赤らめて俺に手紙を差し出してきたときは今まで持っていた印象がすべて消え失せるほどに幻滅してしまったし、がっかりした。
『及川先輩、あのこれ……』
『……へー、なになまえちゃん、俺の事好きになっちゃったんだ』
『へ?』
『いやいや別にしょうがないと思うよー、及川さんってイケメンだしねぇー、でもホント、なんかがっかり』
『……』
『あぁ、勿論だけどそれは受け取れないなぁ。マネージャーしてるなら分かるよね?そんな暇ないってことくらい』
『あの』
『いいよいいよ、なまえちゃんにとっては所詮部活だもんね、でもそういうことが目的とかだったのなら早々にやめてくれる方がいいな』
 そんな冷たい言葉をぶつけて、冷たい目を向けて彼女が差し出していたラブレターを受け取ることすらしなかった。
この時は本当に自分で思っていた以上にショックだったし、結局こうなるのか、あの子は皆の期待すらも裏切ったのかとそんなことを思って、どうせやめていくのだろうと思っていた。
 そう、どこかで裏切られたような気になってさえしまって、まともに話しすら聞かなかったのだ。だってあんなにバレーに真っ直ぐに向かっていて、本当に仲間の様に思って来ていたのに。そろって言うのだ、バレーよりも私を大事にして。直接的な表現でこそないが、結局は直訳はこうなるのだ。初めはそう言ってきた彼女達にも付き合って来ていたが、馬鹿らしくなって彼女自体作るのをやめたのはいつだったか。そんなの無理に決まってるじゃないか、俺もチームメイトもすべてをバレーにかけているのにどうしてそれよりも大事にしろと言えるのだ。勿論俺がバレーをしている姿が好きと言ってくれた子だっていた、けれど付き合っていくうちになによりバレーを優先する俺を向こうが耐えられなくなるのだ。
 よく俺の事を知りもしないのに、どうして好きだなんて言えるのだろう。きっとこの子もそういうふわふわした理由で俺の事を好きだと言うのだろう。恋に恋してる、まさにそれ。
しかし、すべて俺の早とちりだったと知ったのはそのすぐ後だ。
『クソ川、ほらよ』
『……なにこれ』
『あ?知らねーよ、一年の女子がどうしても渡してほしいってみょうじに頼んでったらしいぞ』
『……え、あれ、この封筒……え?』
 つい先ほどなまえちゃんから差し出された柄と全く同じそれには俺の知らない名前が記されていて、偶然かと思ったが今しがた岩泉から告げられた言葉がそうでないと言っている。混乱しつつもそれを受け取って、確かに先ほど見た色と形であると確認して頭を働かせた。
ようは、こういうことか。
 同じ一年生のなまえちゃんに、この知らない誰かが俺宛の手紙を託していって、そしてなまえちゃんからのものだと勘違いした俺は……断り切れなかったなまえちゃんが渋々俺の所へこれを届けた。あれ、俺なんて言ったっけ、あれ。「断ろうとしたけどしつこかったとかで、あいつ部活遅れそうになって本気で走ってきたみたいでよ、お前謝っとけよ」なんて言ってくる岩ちゃんの言葉に、それで顔が赤かったのかと納得してしまう。どうやらまたなまえちゃんは岩ちゃんのなかで株を上げたらしい、嬉しそうな岩ちゃんの横顔を見ながらも頭の中は大混乱だった。よくよく考えれば可笑しいのだ、なまえちゃんが俺を好きそうな素振りをしていたことは一度もなかったし、部活前になんの雰囲気もないような人通りのある廊下でラブレターを渡してくるのだって今思えば可笑しいのだ。
じゃあ、じゃあ……勘違いした挙句にあんな酷いことを、なんの罪もない彼女に言い捨ててしまったというのか、俺は。
 勝手に幻滅して、勝手に失望して、勘違いをして暴言を突き刺して。
『いわちゃん……』
『あ……?おい、なんか顔色悪いぞお前』
『しにたい』
『は!?あ、おい!及川!?』
 なんてことをしてしまったんだ、俺は。


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投稿日:2017/0926
  更新日:2017/0926