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あぁ長閑だ。真っ白な雲がのんびりと青空を流れ、照っている太陽は仄かな暖かさを空気に纏わせ、風がそれを運んでくる。海に面しているこのフーシャ村だからこそ、さざめく波音が子守唄の様に穏やかに耳に届く。海岸沿いの崖の傍をのんびりと歩くのが心地よく手に持った籠を波に合わせる様に緩く揺らす。かさり、かさり。自分の軽い足音すら気分を上昇させる要因だ。思わず鼻歌なんか零してしまって、頬を擽る風が髪をやんわりと膨らませるのがくすぐったかった。
しばらくぶりに帰ってきた町が近づくにつれて見慣れた景色が木々から覗いてくる。
少し歳の離れたおっとりした姉の酒場は、姉一人で十分切り盛りできているので私は出稼ぎに出たのだ。海賊であったシャンクスさん達がいた時期はそれこそ忙しくて幼ながらに品を運ぶくらいの手伝いはしていたが、どうにも人の良すぎる姉はあまり利益を考えずにオーナーをしているので人のあまり来ないこの村ではシャンクスさん達のように多く支払いをしていくような人はいない。
勿論、村の人々だってよく酒場を使用してくれる。だが、だからこそ知り合い相手の商売に向かない姉は殆どお金を貰わない。いや、八百屋から多すぎる食材を代わりに譲り受けたり漁師から新鮮な魚を常に貰っていたりと生活するには十分すぎるくらいなんだろう。
私の為のお金だって、不自由なく姉は稼いでくれている。しかし、姉本人は自分の為に全くと言っていいほどお金を使わないのだ。私ばかり本を買ってもらったり服を買ってもらったり。フーシャ村の中でなら私もマキノの妹という認識のお陰でお金は殆ど使わずにいられる。おーなまえちゃん、これ食ってくかー?なまえこれ貰ってってくれよー。等々。
それだって正直申し訳ないのだ、だってすべて姉のおかげだ。だが私は面倒なことに天文学なんぞに興味を持ってしまったのだ、そのために欲した資料や望遠鏡はゴア王国にしか売っていない。
そんな私に惜しげもなく、ゴア王国に行くたびに沢山のお土産と共にどっさりと買ってくる姉にストップをかけられたのは働ける歳になってからだった。これからは姉にも、自分の好きな事をしてほしい。私の事ばかりではなくもっと楽をさせてあげたい。酒場を営んでいるのはきっと好きなことでもあるのだろうがそれだけでは私が悲しいのだ。15になってやっと雇ってくれる店を見つけてそう姉に言えば、涙もろい姉は号泣しながら喜んでくれた。
「こ、こんないい子に育ってくれて私……父さんと母さんに胸を張れるわ!」
「そ、そんなおおげさだよ、もう……」
「でも聞いてなまえ、私の幸せはあなたを可愛がることでもあるんだから」
「お、お姉ちゃん……!」
涙もろいのは両親のどちらに似たのかは分からないがそんな言葉に私まで号泣していた。
今までだってあまり甘えてくれないんだものと言っていた姉だがそのことに関しては否定しておいた。なにを言っているんだこの人は、こんなに甘やかされて育てられたのだからこれからは少しでも姉の為に生きていかないと。そう明言すれば姉は咽び泣いていた。
手に持った籠から覗く姉や村の人達たちへのお土産は少し重たい。それが初めてのお給料で買ったこの村にはないものばかりの物だから、これを渡すのが楽しみで仕方ない。姉もこんな気持ちだったんだろうかと思えばまた笑顔が自然と零れてしまう。
姉へは国で一番大きい裁縫屋で見つけた綺麗なバンダナ2枚と、仕事で荒れてしまっている手にいいようにといい香りのするハンドクリーム、それと私の好みで選んでしまった夜空を閉じ込めたような色をした小さな宝石が埋め込まれたイヤリングだ。姉はピアスを開けていないので店の人に頼んで元々ピアスだったものの金具を変えてもらったのだ。変えてもらった金具も神秘的な模様が入ったものにしてもらったので、正直に言えば中々大きな買い物だった。
村の人にはお世話になっている人にはそれぞれ仕事や生活に使えそうなものだったりリラックスできそうなものだったり。酒場に来る人様に洋菓子もたくさん買った。あ、これは姉へのお土産と言ってもいいかもしれない。住み込みで雇ってくれたので実に3ヶ月ぶりの故郷だ。ゴア王国の隣に村があるといってもそう近い距離でもないのだ、だからこそ短い休みの日も帰らずに図書館に籠った。天文学の勉強もここでならできる。
今回は初めて自分から店長にお願いしてお休みをいただいたのだ。もうすぐ商船が来るらしいのでその前まではそれほど忙しくないとのことだったので頼んでみたのだ。その相談を持ち掛けた時に店長さんに姉へのお土産の相談もしてしまい、半泣きになりながら思っていたよりも多くの給料とお休みをくれた。それと今度からはもっと休みを要求してほしいと逆にお願いされてしまった。ありがとう店長大好きです。
フーシャの回る独特の音が聞こえてきて、ついに駆け足になってしまう。この時間ならきっとお客さんも少ないだろう、もしかしたら姉が買いものに出てしまっているかもしれないがだったらお店で待っていて驚かせよう。酒場の入口に「OPEN」の看板がかかっている。よかったいるみたいだ。
投稿日:2017/0923
更新日:2017/0923