デカン

別れてくれ。
そういった彼の顔を、表情を私は今、思い出せない。


男運が無いよね、と多く人から言われ評される。まあ、そうなのかなあと自覚もしているし周りにも心配をかけているのは分かっていた。だから、こんなことになってしまった時も普通ならば精神的に大ダメージをくらっていそうなのにもかかわらず呑気にも「この鎖とかどこで買ったんだろう」なんて考えていた。
鎖。私の右足首にじゃらりと繋がっているながい鎖である。ん?と思ってくれた人もいるかもしれないが簡単に言えば現在私は、世間一般的にいう所の監禁状態にある、んだと思う。最初はお付き合いをしているこの家の主である彼の元に「掃除を手伝ってほしい」と言われやってきたのだ。彼の家に御呼ばれされたことが初めてという訳でも無かったので仕事のない休日に動きやすい恰好をして、手土産を持って馳せ参じた。掃除と言われてやってきたのにそんな必要もないくらい綺麗だった彼の家に拍子抜けしつつ、簡単に掃除機をかけて休憩に彼の入れてくれた紅茶を飲んで。そこで意識が飛んだ。気が付いた時には彼の寝室だろう部屋にこうして鎖でつながれていて仰天したのだが、別に乱暴な事はされなかったし仕事先にも彼が連絡を入れてくれたらしいのでいいかな、と大人しくその足枷を受け入れた。言えば長さをトイレまで行ける長さに替えてくれたし、多少こすれて皮膚が変色しているが我慢できないほどでもなかったからまあいいかなあと。動機、というかどうしてこんなことをしたのかと一度問いかけたのだが半ば発狂されたのでそれからは聞いていない。でもまあ、当たり前のことだが私から連絡が途切れたら心配してくれる友人やら会社の人間やらはありがたいことに多数いるわけで、予想していた通り助けはやってきた。彼との強制同居生活は二週間と少しの間続き、突然にして幕を閉じたのだ。
前からずっとお世話になっていた探偵の毛利小五郎さんがどうやら私と連絡を取れなくなったことに不信感を覚えてくれたらしく、探してくれていたらしい。「おじさんに頼まれて探してたんだ!」と小五郎さんの家に預けられている小学生の男の子、コナン君がこちらの体調を伺うように額に手を当てながらそう答えてくれた。小さな手は子供の体温を纏っていて、ホッとする温かさを持っている。


「また小五郎さんに助けてもらっちゃった…ダメだなあ私……でももし危ない人だったらコナン君が怪我しちゃってたかもしれないからね、今度から来ちゃダメだよ」


「(危機回避能力ゼロなあんたに言われたかねーよ)大丈夫だよ!昴さんときたから」


コナン君が呼んでくれていたらしい警察に暴れながら連れていかれる彼をぼんやりと見つめながら危ない人だったのか、と考えがいたりそんな人物の家にコナン君が来たことに背筋がゾッとしてそう言えば笑顔でそう答えられた。はてすばるさん。聞いたことのない名前に首を傾げれば「はい?」と後ろから声をかけられる。立つ気力が無くて床にぺたりと座ったままだった私の視界に、その人はぬっと侵入してきた。座っているからか随分背が高く見える、栗色の淡い髪色をして知的な顔立ちをしていた彼がすばるさんらしい。スッと通った鼻にフレームの細い眼鏡をかけていて、目が合うと柔らかく笑みを浮かべてくれた。あ、やばい。


「災難でしたね、あまり食事をしなかったようにお見受けしますが…」


「へ、あ、」


そう言いながら足元にしゃがまれ、一気に近くに成った距離にふわりと漂う柔らかいシャボンの香りが鼻に届いてカッと顔が熱を持ったのが分かった。かちゃかちゃと鍵をまわしているので目線は足元に向いていて、伏せられた顔に、陰る睫毛にゴロゴロと転がる様に落とされる感覚を覚えた。今まで、まあそれなりに男性とお付き合いはしてきた。それでも自分から好きになったことなんて殆どなくて、本当に久しぶりの感覚にふわふわと足元から浮かぶような気持ちになる。ごろ、と音を立てて落ちたのは鎖で、「立てますか?」と優しく問われてその音がとどめの一撃だったのだと、必死に首を縦に振りながら煩い心臓を上から押さえつけた。



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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005