STRAY CATはSTRAY BIRDに憧れる
−まるで迷い猫のようだった−
「何やってんの?」
「……座ってるの」
艦内の通路を歩いていると艦の外に人影が見えた。膝をかかえ座り込み海に体を向けているステラ。
「部屋に帰って座ればいいじゃん」
アウルの言葉にステラは首を横に振るとその場から動かず海を眺め続ける。
「勝手にすれば」
自分を見もしないステラに苛立ち、そう吐き捨てると艦の中へと戻っていった。
「雨?」
部屋に戻ろうと通路を歩いていると窓に水滴がついていた。外を見るとどしゃ降りの雨。
「……戻ってるだろ」
先ほどのステラが思い浮かぶ。普通ならこんな雨のなか外にはいない。
そう思うとアウルは部屋に走って戻った。
「飛べないかな……このまま」
体を強く打つ雨も気にせずにステラは呟いた。
寒いのに暖かさを求めたいとは思わない。
目の前の海に身を投げるよりも水面の上を飛んでみたかった。ただそんな考えが頭の中を埋めつくす。
「っ……馬鹿」
「アウル?」
体を強く打っていた雨を感じなくなると頭上から声が聞こえた。
見上げると息を切らしたアウルが傘を片手にステラを見ている。
「風邪ひいて戦闘に出れなくなったらどうすんだよ」
「風邪、ひかない」
「馬鹿だもんな」
ステラはアウルの言葉の意味がわかり、見上げていた顔を再び海に向けた。
「きゃっ、いや」
腕を掴まれ無理矢理立ち上がらされるとステラは抵抗した。
そんな抵抗は無視され艦内へと連れて行かれる。
「もう部屋戻れよ」
「イヤ」
腕から手を離そうするが離した瞬間にまた外へ出てしまう気がした。体が外へと飛び出しそうなのが見てわかるほど。
髪から水滴が落ち掴んでいる腕は雨に打たれ冷たかった。それでも雨の中に行こうとするステラを見ながらアウルは小さく舌打ちをした。
「ネオが」
その名前にステラは即座に反応し体の力を抜きアウルの言葉を待った。
「艦内にいろってさ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「通り雨だったのか」
先ほどどしゃ降りの雨を映していた窓からは晴れ渡った空が見えた。
一日中雨なんじゃないかと思わせる大量の雨。それは午前中にあがってしまった。
「外に出てそうだよな〜。……何やってんの?」
頭の後ろに両手を握るように組み天井を見上げながら歩いていた。
しかし視界にはうずくまった何かが入った。
その場に止まり本日二度目となる言葉を口にしていた。
「座ってるの」
見ればわかる事を通路端でうずくまっていたステラはアウルを見上げながら言った。
「だから部屋で座ればいいじゃん」
「イヤ」
はっきりと否定されアウルは先ほどと同じように放って行ってしまうかと思う。
「っ!?……やっ」
腕を掴まれた瞬間ステラはその腕を振り払った。アウルは構う事なくステラの腕を再び掴み立ち上がらせると歩きだした。
「どこ……連れてくの?」
振り払えないと判断して恐る恐るアウルに聞くとアウルは少し笑みを浮かべながら答えた。
「ステラ、行くぞ」
「うん……」
店のショーケース前に佇むステラを少し先からアウルは呼んだ。
しかし彼女は返事をしながらもそこから動こうとはしない。
天気もよくなり暇だったという理由で買い物に来たアウル。ステラも暇そうだったからという理由で連れてきていた。
しかしステラは自分の部屋に戻ろうとはせず、着替えようとはしなかった。軍服のまま連れて行くわけにもいかない。だからといってノースリーブのワンピースでは寒そうというのもあるが何となく嫌だった。
なのでアウルは自分の水色のパーカーを着せてやった。
「……だぼだぼ」
ショーケースを見つめるステラを見ながら、見たままを呟いてみた。
「何そんなに熱心に見てんの?」
何をそんなに立ち止まるほど見てるのか気になりショーケースに近づいた。
「水槽?」
いくつも並べられた長方形の水槽。中には水が入っていて水草と小さな魚達が泳いでいた。
特に変わったものがあるわけでもなく何でこんなのを立ち止まって見ているのか聞こうとするがステラの瞳を横から直視しためらった。
ステラの気持ちがそうさせているのか、ただ水槽の水が反射しているのか瞳がキラキラ光っている気がした。
「……置いてくかんな」
それだけ言うとアウルはステラに背を向けゆっくりと歩きだした。
やがてぱたぱたと小走り気味の足音が聞こえいつものペースで歩き始めた。
「部屋戻れよ」
「イヤ」
買い物から帰った二人は本日三度目となる言い合いをしていた。
先ほどまで晴れていたのにまた雲行きが怪しい。それでも外に行きかねない。
「パーカー……」
アウルが貸したパーカーの裾をつまみながらステラは呟いた。袖も肩も全体的に大きい水色のパーカー。アウルの髪と同じ色をしていた。
「アウルの部屋に、返しに行く」
「別にここでいいじゃん」
アウルの言葉に首を横に思いきり振るステラ。裾をつまんだ手に力をこめているようだった。
「勝手にすれば」
そう言って先ほどと同じようにステラに背を向けゆっくりと歩きだした。
すぐにぱたぱたと小走りで近づいてくる足音が聞こえる。
それはまるで小さな子猫に懐かれているような気分で悪い感じはしなかった。
「着いたけど?」
部屋のドアの前まで来るとアウルは振り向きざまに言った。
ステラは相変わらず裾を両手で握りしめている。部屋に入るまでパーカーは返さないだろう。
「たくっ……ほら、入んなよ」
「うんっ」
アウルがドアを開くとステラは嬉しそうな表情を見せ入った。
「部屋に入ったんだから返せよ」
「イヤ」
これ以上自分に何をしろと?と思い、出す言葉も浮かばない。
ステラはパーカーを体ごと両手で抱きしめ、全身で返す事を拒否している事を示した。
「じゃあいいよ、無理矢理返してもらうから」
今まで甘くしていたがいい加減切れた気がした。
「イヤっ脱がない」
「何で脱がないんだよ」
パーカーのファスナーに手をかけるとステラは嫌がる。何故嫌か聞いてやっても理由は言わずだんまりのまま。
「言わないなら脱がすかんな」
「アウルっ……や」
アウルを押し退けようと両腕を使い抵抗する。するとファスナーに手をかけていたアウルの手が離れた。
「パーカーを脱がすとは言ってないじゃん」
ほくそ笑みながら言うとアウルはステラの腿に手を這わせながらスカートを捲った。
その行動に体をびくっと震わせるが声は出さず、アウルの肩をぎゅっと握りしめる。アウルの手は奥へと進み下着越しに秘部を擦った。
「っ!……アウ、ル」
「言う気になった?」
アウルの問いかけにステラはアウルを見上げるとジッと見つめた。
「シテ……?」
「はぁ?……っ!?」
予想していなかった言葉に聞き違いかと聞き返すと、ステラは更に予想していなかった行動に出た。
こんな状況下でアウルに抱きついたステラ。アウルは何が起こったか理解できずに呆然としていた。
ふとこの感覚が猫がすり寄ってくる感覚に似ていると感じた。
「アウル……きゃっ」
アウルの首に腕を回した直後、ステラはアウルから引き離されていた。
アウルはステラの両肩を掴み突き放すと顔が見えないように下を向いている。
「寂しいなら、他あたんなよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
“ついてくんなよ”
僕は小さい猫に突き放すように言った。
街中で見つけた子猫。気まぐれでミルクを買って与えた。
僕が歩き出すと後ろについてくる。何度振り返ってついてくるなと言っても子猫はついてきた。
いつしか振り返る事が子猫がいるかの確認をしている気がしてくるがそれは気のせいだ。だって本当にうざいと思ってついてくるなと言ってるんだから。
でも悪い感じはしなかった。
“…いない”
いつの間にか子猫はいなくなった。
数日後、街中であの子猫を見かけた。優しそうな少年の腕の中で甘えている。
あの子猫は寂しかったんだ。僕でなくても誰でもよかったんだ。
ぽっかりあいたモノを埋められれば……。
「飛べないかな……このまま」
本日二度目の言葉を同じ場所で呟いた。今度は座らず佇んだまま。
陽はすっかり沈み、海は昼間とは違い深い青。月や星を反射され太陽の反射とは違う光が水面に揺れていた。
「ステラは飛べないもんな」
「アウル……」
背後から声が聞こえ振り返ると、あの後部屋を出てどこかへ行ってしまったアウルがいた。
「海に入ろうとは思わないんだ?」
「……汚れちゃうから」
「は?」
暗くてステラの表情がよく見えない。見えても表情無いに等しいかもしれない。
「海は綺麗。澄んでて……見てるだけで心がすぅっとする感覚がするの」
「それで何で汚れちゃうわけ?」
海が汚れるのかステラが汚れるのか検討はつかない。でもステラの今の言葉から先ほどの“汚れる”という言葉に行き着く考えをアウルは持ち合わせていなかった。
「ステラが入ったら海が汚れちゃう」
段々と小さくなる声。顔を俯かせ為す術もなくスカートを両手で握りしめているステラをアウルはしばらく黙って見つめていた。
「アウ……っ!」
何も言わないアウルに呼びかけようと顔をあげると突然風が強くなり髪が乱れた。
一瞬視界が見えなくなる。その瞬間体が浮き上がった気がした。
「あ……」
乱れた横髪を手で押さえ視界が開けると一瞬で目線が変わっていた。
変わりない景色を少し高い位置から眺める。足は地についておらず宙に浮いている気分。
「僕にはよくわかんないけどさ、やろうと思えばできる事もあるんだし、汚くなったら綺麗にもできんじゃない?」
「ステラにもよくわからない……でもアウルが言ってる事は何となくわかる」
何だよそれとアウルが少し笑いながら言うとステラは地に足をついた。
アウルがステラの腰を持ち体を持ち上げていた。そんなに高くはないが飛んでいるような感覚。
こんな一瞬で飛べるなんて不思議と思いながらステラは笑みを浮かべた。
「部屋戻れよ」
「イヤっ……ヤっ」
アウルに肩を掴まれ無理矢理歩かされ笑みは消えた。
どんなに抵抗してもアウルはステラの部屋へと向かう。
すぐに部屋に着き、ドアが開いた。ステラは諦めながら部屋に視線を向けた。
「あれ、何?」
暗い部屋にぼんやりと灯る水色の光り。部屋に入りそれに近づく。
「たまたま買ったけどいらないからやるよ」
長細い円の水槽。中には小さな木が植わっておりその周りを小さな魚が泳いでいる。
さっきの買い物ではこんな大きな物は買っていなかった。それなのに今水槽はある。
自分のために買ってきてくれたのだろうかという考えがよぎると嬉しくてどうしたらいいのかわからなかった。
「じゃあ……」
「アウルっ!!」
部屋を出て行こうとするアウルを呼び止めるが言葉が続かなかった。
アウルは大きな声で呼び止めたステラに驚き動きが止まるが、すぐに背を向けドアのスイッチに触れようとする。
呼び止めても何も言えないステラは俯いてしまった。
「……飛べなくてもいいんじゃない?僕が飛ばせてやるから」
それだけ言い残しアウルは部屋を出て行った。
さっきの言葉と今の言葉。やっぱり意味はわからないけど不思議と何となくわかる気がした。
それは言葉にできない不思議なもの。
「何やってるんだか」
僕はステラの部屋から出ると何故か笑えた。
何でステラにあんなものを買ってきたのか。わかるわけがない。
ただの気まぐれ。そういう事にしておく。
「迷い猫……」
少し前の猫に似ている気がした。
でもステラはステラ。
あいつにいつか羽根が生えて本当に飛んで行ってしまうかもしれない。
僕には永遠に羽根は生えない。
だからずっと迷い猫でいてほしい。
そうすればこの足で絶対に見つけられる。
叶うならば羽根を与えたい。でもそれはできないから。
“飛べないままでいい”ではなく“飛ばないでほしい”。
憧れのままでいてほしい。せめてちっぽけだけど羽根を与えて飛ばせてやる事はできるから。
「……部屋戻ろ」
少しだけ考えた思いを隠すように僕は部屋へと歩きだした。
H17.3.29
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