接吻童話
「ステラー。たくっ、どこ行ったんだか」
街に二人で買い物に来たはいいがはぐれてしまった。
いつもはぐれている気がする。大抵浜辺にいるのだが今日はいなかった。
「あ、いた」
ショーウインドウ越しに見覚えのある姿を見つけ、その店に入る。
決して狭いとは言えない街にしては早く見つかり安堵した。
「ステラ」
「あ、アウル」
「探させんなよー。心配するだろ」
「ごめんなさい……」
何かを胸に抱いたまましょんぼりするステラ。
アウルはやれやれとため息をつくとぽんぽんとステラの頭を軽くたたいた。
「買ってきなよ」
「うん」
レジへと向かっていくステラの背中を見つめ、店内を見回した。
何の店なのか確認しておらず、その光景に少し驚く。
「本屋?」
雑誌を買いに来たりはするがステラが本屋に来るなんて初めて知った。
「ステラ〜、何買ったのか教えてよ」
「……イヤ」
艦内に戻った二人は帰り道から何度してるかわからないやりとりを通路でしていた。
ステラの胸に抱かれている紙袋に包まれている本。それが何なのか気になっていた。
何度聞いても“イヤ”の一点張り。無理矢理奪う事も考えるが、泣かれても困る。
「ステラが本を手放す方法……」
「アウル?」
アウルはぶつぶつと言いながらポケットに手を突っ込む。
立ち止まったアウルを振り返ると笑みを浮かべていた。
「ステラ、手出して」
「なに?」
片手をアウルに差し出しながら訝しげに問いかける。抱いた本はもう片方の手でしっかり胸に抱いていた。
「両手」
「りょうて?」
「そ、飴玉欲しくない?」
飴玉は欲しい。だがここで両手を出せば本から手を離す事になってしまう。
ステラは躊躇するがすぐに両手を差し出した。
よしっ!と本を奪おうとするがステラの行動に唖然とした。
「何……やってんの?」
「ふぁふぇふぁま……ふぉうふぁい」
ステラは紙袋を口にくわえていた。しっかりとくわえているためか何を言っているかはわからない。
両手を差し出しているのだから飴玉をねだっているのだろう。アウルはステラの手に飴玉を置く。
飴玉を受け取ったステラは嬉しそうに部屋へと戻っていった。
「そこまでして見られたくない本って一体……」
ステラの背中を見つめながらしばらくその場に佇んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こうなったら意地でも見てやる」
意気込みながらステラの部屋へと向かう。
部屋の前まで来ると一応いるかどうか呼びかけるが応答はない。
「この時間は海見てるだろうし」
ドアのロックを解除し開く。暗い部屋の中に足を踏み入れた。
「すぐ見つかるかと思ったんだけど……さすがに無理か」
綺麗にされた部屋。見回すかぎり本は見あたらない。
「隠してんのか〜?……やべ」
外からロックを解除する音が聞こえた。ステラが帰ってきたようだ。
「早すぎ。どーしよ」
隠れそうな場所を探すもののこれといって隠れやすそうな場所はない。
諦めて謝るか、開き直って知らぬ顔をするか。どちらにしても良い方向にはいかない。
そうこうしているうちにドアが開く。
「これはあからさまにばれるだろ」
息を潜めながら自分の行動に突っ込む。ベッドの中へと潜りこんだはいいがあまりにもあからさますぎる。
コツコツと足音がするとすぐ近くで足音が止まった。
バレたかと思うが何も起こらずベッドが沈む。どうやらステラはベッドに座ったようだ。
シーツにくるまり姿は見えないものの、盛り上がったシーツは不審なはず。それにさえ気づかないとは。
「ステラらしいというか……ん?」
何か固い物を背中に敷いている事に仰向けの体制から横向きに変え、それを手にした。
「何だ?」
一瞬何かわからないがすぐにそれが本だとわかる。暗くて何の本なのかはわからない。
「ベッドに隠したというよりは寝ながら読んでてそのままって感じ」
「何か聞こえた」
さすがに口に出していうのはまずかったと思うがすでに遅い。
シーツの上からステラの手が触れた。
「なに?」
シーツを剥ごうと試みるがなかなか剥ぐ事ができない。
「わっ……」
ステラの手が体をまさぐり始め思わず声がでてしまう。慌てて両手で口を塞ぐ。
「柔らかい……」
そう言いながら更にまさぐる。
くすぐったいと口に出したいが必死に堪える。
“っ!?”
背中を撫でていた手は腹を撫で、否が応にも声を発しそうになる。
かろうじて堪えるが更に手は腹よりもタチの悪い場所へと移動した。
“実はわかってやってるんじゃ”
そう思ってしまう。シーツ越しとはいえステラの手が下半身に触れる。
“最近シテないしやばいなー”
強烈な刺激を与えられるわけでもなく触れているだけ。それだけでも反応するには十分だった。
“ん?”
手が離れどうしたのかと思う。すると上半身に軽く体重をかけられる。
何か物を置かれたのかもしれない。
そうも考えるがシーツ越しに伝わる温かさがステラの体から伝わっているのだとわかる。
「あったかい……」
アウルに体を預けステラは呟いた。ステラはアウルとはわかっていないようだ。
ステラの預けられたその重みが心地よくて苦しくなった。
「……ステラ」
「アウル?」
いつの間にか名前を呼んでいた。
ステラは体を起こしあたりを見回す。声は確かにしたのにその人物はいない。
「アウル……どこにいるの?」
声が少し離れる。明らかに違う場所を探している。机の下を見てみたり、ベッドの下を見てみたり、何故か天井を見てみたり。
実際には見えないがステラがどんな様子かアウルには想像できた。
「アウル……」
声のトーンが落ち寂しそうなステラ。
今、姿を現したらステラは怒るだろうか。
「ステラっ!」
それでもアウルはシーツをはぎ取りステラに姿を見せた。
しばらく暗い中にいたせいか部屋の明かりが眩しくて目が眩む。
「アウル」
視界がはっきりするとステラの顔が目の前にあった。
「何泣いてんの」
「……泣いてない」
頬に涙の跡を残しながらステラは言う。その跡を消すように片手でステラの頬に触れた。
「……本」
ステラの視線が下に移り呟かれた言葉。視線はアウルが手にしている本に注がれていた。
「絵本?」
「うん」
表紙を捲り問いかける。それは何のへんてつもない絵本だった。
「さっきこれを買ったの?」
ステラの頷きにふーんと答えるアウル。別に隠す必要はないと思った。
「恥ずかしかったの……」
「絵本買ったのが?」
ステラはアウルから視線をずらし頷くとそのまま俯いてしまった。
「別に好きならいいんじゃない?」
「うん、好き」
その嬉しそうな表情を見ると本当に絵本が好きなんだなと思う。
ステラが買ったのは白雪姫。眠ってしまった女性に王子がキスをすると目覚めるというラスト。
「キスでねぇ……」
「うん」
俯いていたステラはアウルが開いている絵本に視線を移し頷いた。ラストの場面のページを見ながら嬉しそうに微笑む。
「他にも持ってんの?」
そう聞くとステラは枕をどかしもう一冊絵本を出した。何故枕の下にあるかはあえて聞かない事にする。
「眠れる森の美女?」
ラストは白雪姫と同じくキスをして目覚める。
たかがキスで毒りんごの毒や魔女の呪いを消しされるとも思えない。
枕の下にあるぐらいだ、大切な物なんだろう。好きだからこそ大切なんだろう。
しかしアウルにはこの話の良さがさっぱりわからない。
「キスだけで目覚めるなんて…何か好き」
「キスに惹かれたの?」
アウルの問いかけにステラは首を傾げる。ステラも何故この話に惹かれているのかわからない様子だ。
「アウ……んっ」
両腕を掴まれたかと思うと引き寄せられ唇を塞がれた。
突然の事に驚きはするがゆっくりと目を閉じる。
ただ触れるだけの口づけはやがて求められ貪るような口づけに変わる。
「……ん、ぁ」
少しだけ唇が離れ空気を求め開かれた唇に再び唇が重なった。
舌が触れたかと思うと唇が離され角度を変えてまた重なる。
ステラは瞼を少しあげるとアウルと目があった。息もできぬほどの口づけとは裏腹の視線。まるで息のような視線が心地よくて瞳は閉じなかった。
「はっ……ンっ」
どれぐらいそうしていたかはわからない。
目眩を感じるぐらいの口づけで時間の感覚はなくなっていた。
名残おしそうに離された唇。お互いに息が荒れている。
俯き呼吸を整えているステラを、アウルも呼吸を整えながら見つめていた。
どうしてキスをしたのかはわからない。別に初めてなわけでもないし、それ以上の行為もしている。それなのに無性にしたくなった。
「アウル?」
顔をそらしふてくされたような表情のアウルに呼びかけるが返事はない。
二冊の絵本が好きだと言ったステラ。
その結末は同じで、キスに惹かれるというよりはその結末に惹かれている気がした。
いつか自分を目覚めさせてくれる王子が現れる。そう思っているのではないか。
そんな考えがアウルの中に生まれた。
「アウルは王子様、みたい」
「え?」
一瞬聞き違えかと思うその発言にアウルは驚いた。
「ステラの王子様」
嬉しそうな笑顔で見つめられると顔が熱くなった気がした。
何だか恥ずかしくて再びステラから顔をそらす。
きっと理由なんてない。でもステラにそう言われて嬉しいと感じた。
「そういえば……」
「何?」
ステラが何かを思い出したかのように呟くと、アウルは平静を装い聞き返した。
「アウルはどうして……ステラの部屋にいるの?」
今更そこに気がつくのかと思う。ステラらしくて笑ってしまった。
「それは〜」
「それは?」
ステラの両肩に両腕を乗せ顔を近づけた。
ステラはアウルの答えを待ちきょとんとしている。
「僕がステラの王子様だから」
−君はおとぎ話のお姫様のよう
届きそうで届かない
君のたった一言で
届いてしまう
僕は君の“オウジサマ”
君は僕の“オヒメサマ”
何度も口づけて
確かめようよ
温かさで
重みで
唇で
これはふたりだけの
お話だから
ふたりだけの口づけを
何度も何度も
飽きるほどに
口づけて
朽ち果てるまで
二人手をとり
この話を続けよう−
H17.5.16
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