朧げな願い


 


「何書いてもいいの?」
「公衆の面前に晒されるから禁止用語とかはやめておいた方がいいと思うよ」

アウルはキラさんから細長い紙とペンを受け取ると適当な席に座った。
アスランさんはこの教室に来た時から紙を睨んでいる。

「シンくんも書くよね?」
「いや、俺は……」
「書くよね」

有無を言わせない笑顔で紙とペンを半ば強制的に受け取らせられる。

「……キラさんは書かないんですか?」
「僕はもう書いたんだけどもうひとつ書いておこうかな。シンくんが“先輩”って呼んでくれますようにって」

呼ばない事をわかって言ってくる。
だから俺は返事をせずに紙に視線を移した。


今日は七夕。
短冊に願いを書いて笹に吊す日。正直何でそんな事をするかわからない。


“よくわからないのに神頼みとか祭するのって好きなだけなんだしいいんじゃね?”

中庭に置かれている笹を見てアウルが言った事を思い出した。
これに書いていったい誰が願いを聞いてくれるのだろう。

「アスランとは違う事で悩んでるみたいだね」
「あれやっぱり悩んでるんですか」

キラさんが一向にペンの蓋すら取らない俺に見兼ねて話し掛けてくる。

「名前を書いていいものかって」
「もうダダ漏れなんですから書いても支障はないのに」
「そうだね」

おかしそうに笑うとキラさんは穏やかな表情でアスランさんを見た。
アスランさんは相変わらず睨む、というよりはもうどうしたらいいかわからずに頭を抱えている。

「こんな事に真剣になるんですね」
「アスランは少しかわったからね。前ならありえなかったかも」
「知ってます」

去年まではありえなかった光景。
違和感を感じながらも不快感はなかった。むしろ安心する。

「“こんな事”って君には願い事はないの?」
「ありますよ。勉強しなくてもいい点数はとりたいし、いい上級生に恵まれたいし、主人にはきちんとしてほしいですし」

紙を見ながら言いながらそれを書く気には……

「でもそれを書く気にはなれないでしょ?」

見透かされたようで顔をあげるとキラさんは真剣な表情からすぐに微笑みを浮かべた。

「自分の願いが何かを見つめる日も必要だよね」
「日々欲にまみれてる場合もありますけど?」
「常にある願いがあるんじゃないかなって話」

キラさんの視線が机に向かって願いを書く二人に向けられる。
二人共本当に叶うとは思っていないだろう。それでも書くのは一種の誓いのようなもの。

「キラさんにもあるんですか?」
「あるよ」

真っ直ぐにどこか切なげに答えた視線が印象的だった。

「よし、書けた!」
「アスランは書けた?」
「何とか」
「じゃあ飾りに行こうか。シンくんは書いてからおいで」
「あ、はい」

二人を促して教室から出て行かせるとキラさんは振り向きざまに先程と同じように穏やかな表情を見せて教室を出て行った。
一人取り残された教室で窓から入ってくる風に反応して振り返る。

「願い、か」

机に紙を置いてペンを走らせる。
まだ朧げな願いに思いをこめて、俺はみんなのあとを追った。


いつか大切な人が現れたなら守れますように。



H21.7.7



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