僕にとっては些細な事ではない


 


ざわつく教室内で何をするでもなく机に頬杖をついていた。
今日は天気も悪く、微かに見える雨を意味もなく眺める。静かに雨が校庭を濡らしていた。
何だかこんなのは自分らしくない気がしても何となくやる気が出ない。
だからただ窓を眺めていた。

「アウル」
「なんだよ」

頭上から掛けられた声にぶっきらぼうに応える。
機嫌が悪いわけじゃないけどあまり話をする気分でもなかった。

「帰らないのか」
「傘持ってきてない」
「は?朝から天気悪かっただろ」
「でも雨は降ってなかった」
「だからって帰らないわけにもいかないだろ」
「シンには関係ないし」

わざと煽るような言い方をする。シンの事だから勝手にしろと置いていくはずだ。
止まない雨を眺めながらシンが離れるのを待っていた。

「……鞄が震えてる。携帯鳴ってるんじゃないか?」
「携帯?」

不自然な無言の間があったかと思うとそんな事を言われた。
ずっと窓に向けていた顔を反対にいたシンに向けると、脇にかけていた鞄を持ち上げていた。
微かに振動音がする。
慌てて鞄の前ポケットに手を突っ込み携帯を取り出す。そして携帯を開いて通話ボタンを押した。
少し聞こえ辛く音量を上げて応対すると澄んだ声がした。
ニ、三言会話をして通話を切る。

「帰る」
「帰るってお前傘は?」
「入ってる」

シンが掲げたままの鞄を引っつかむとそのままの勢いで教室を出た。



「持ってるなら持ってるって言えよ」
「“入ってる”って言っただろ」

昇降口で靴に履きかえ、鞄を漁る。すると薄いブルーの折りたたみ傘が入っていた。

“傘入れておきましたから使って下さい”

携帯での会話を思い出す。今日はまだ会話もできてなくて、あげくに雨でよりにもよってそれが今日で何だかやる気がなかった。
電話と傘一つで動かせられるなんて我ながら単純だと思う。
傘を開くと自分の髪よりも淡い水色が目の前に広がった。天気がいい日ならこんな色の空が広がるかもしれない。

「アウル、何か落ちなかったか?」
「何か?」

言われて下を見ると薄いピンクの紙切れが落ちていた。
元から落ちていたのかまさか傘の中から落ちた?
出入口で地面には水気も多く、紙が水に浸るように落ちていた。
それを摘んで拾いあげる。

「……」
「アウル?」
「来週から中間試験だっけ」
「まさか忘れてたわけじゃないよな」

赤点さえ取らなければいいとほとんど試験前だからと特別な勉強をしないから気に留めていなかった。
でもピンクの紙を見て変わる。
紙切れ一枚で雨の日も悪くないなんて思えるのがやっぱり単純だなと思った。
ただ一言試験でいい点数がとれたら何かあるかもしれないと書かれてただけ。字から誰かがわかるし何かあるかもとあやふやだから何もないかもしれない。
それでも頑張れるのだから不思議だ。

「よくわからないけどもういいなら行くぞ」
「どこに?」

すでに一歩進んで雨の下にいるシンに聞き返すと何やら言いにくそうな顔を見せた。

「お前の誕生日だから何か奢ってやる!」
「何それ」
「いらないならいい」

予想外の言葉に思わずほうけてしまうとシンは背中を向けて歩き出した。
その背を追い掛けるように傘を差して駆け寄る。

「どうせなら勉強付きで」
「頭打ったのか」

憂鬱だと思った誕生日も些細な事でこんなに変わる。
僕にとっては些細な事ではないけど。



H22.10.21



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