act.3 Athrun


 


「いつか海の中に行ってしまいそうだな。そんなに苦しいなら忘れられれば楽なんだろうな……」

言ってから自分が何を口にしたのがわかる。
シンはただ寂しそうに笑むだけだった。
いっそ“それはあなたの方じゃないんですか?”と言われた方が楽だ。
相手に忘れられるほど悲しい事はない。
自分が忘れられるほど楽な事はない。
投げ捨てられるものは持ち合わせていない。

「アスラン?」
「は、はい!?」

後ろから優しげな声で呼び掛けられ、丸まっていた背中が真っ直ぐになる。
俺のそんな様子にくすくすと笑い声がして振り返った。
懐かしいような景色。あの時はこれがずっと見続けられるものなんだと思った事もあった。

「もう陽も暮れましたわ。帰らなくてよろしいのですか?」
「えっ、あ……」

キラに少し休んでいけばと言われ数時間。いくら何でも休みすぎだ。

“ここは僕のお気に入りの場所なんだ”
“揺れてる椅子って酔わないか?それに何だか年寄り……”
“何かな?”
“いや……”
“落ち着くんだ。暮れてく空を見てると”

この場所を提供してくれたキラはどこかへでかけ数時間。彼女が俺に話しかけたという事はキラはまだ帰っていないようだ。

「そうですね、じゃあそろそろ……うわっ」

椅子から立ち上がるとずっと揺れてたせいか何なのか足下がふらついてしまった。
すぐそばにいたラクスにしがみついてしまい沈黙が尚更恥ずかしい。
こんなに彼女の近くにいるのはあの別れ以来かもしれない。初めて婚約者らしい事をしたような最後の挨拶。本当に最後になってしまったが。

「……アスラン?」

しばしの沈黙のあと、離れるとラクスは右頬を手で押さえていた。
潮風に晒されて冷たかった唇がわずかに暖かい気がする。

「あっ!?す、すみません」

自分がした事にやっと気付き謝る。顔が熱くなるのがわかるのに、どうして今更こんな事をしてしまったのかがわからない。

「ラクっ……」

両肩に手を添えられたかと思うと、暖かく乾いた唇が湿った。
これで目を覚ませるほど楽な思いは抱えていない。
真実の手前で嘘を咲かせてしまうのは仕方がない事。
その花を追いかけて、嘘が真実を追いかけて。
どこまでも追いかける花。



H18.9.30



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