act.7 Kira


 


“雨が降りそうだから傘持っていけ”

そう言われてカガリから渡された傘は今はもうない。
言っていた通り雨が降ってきたのに。でもすぐに止んでしまった。
すっかり雨の染み込んだ髪や服が重くて段々歩が進まなくなっていく。
空はすっかり暗くていつのまにかまた海に来ていた。
曇っているせいか反射できる光もなく海はただ暗い。

「あれ……?」
「よく似合ってますね」

何もないと思っていた浜辺にぽつんと誰かがいると思った。ピンクだ。
そう思った瞬間に声をかけられた。

「……君もその黒と赤が夜に映えていいね」

黒い髪に赤い目の少年がまっすぐこちらを見ていた。昨日会ったはずなのに違和感を感じるのは何故だろう。

「傘ぐらいさした方がいいですよ」
「落としちゃってね」

いつもなら僕が何も言わなければ立ち去るはずなのに異様につっかかってくる。
何もかも知っているような話の触れ方。でも何も話すつもりはない。彼も何も聞くつもりはないんだろうから。

「誰かと待ち合わせ?」
「そんなところです」

さっき浜辺で見かけたピンク色の髪。
彼が会いにくる人物に心あたりはあっても、それは亡き人。そんなわけはないと否定したいのに、彼の様子が肯定しているようで。

「人魚姫の話を知ってる?」

僕の問い掛けにシンが反応した。少し動揺したように何も言わずに目を見開く。
僕もどうしてこんな事を言ったのかはわからない。でも彼女があの子なら、戻ってくるならその方がロマンチックだ。
結末は残酷でも。

「ははっ」

そして目の前の少年は俯いたかと思うと笑い出した。

「もしそうなら俺は王子として舞台にたてる」

悲観的にならずにそう告げるシンが羨ましかった。まただ。アスランの次はシンだ。

「あんたは魔法の杖は持ててもガラスの靴は持てませんね」

シンはそう言って笑むと僕を通り過ぎて行ってしまった。


結局戻ってきてしまった。
カガリはまだ執務室にいて机に伏して寝ていた。
あんな事をした僕にもカガリは笑いかけてくれて、濡れないようにと傘も貸してくれた。
窓から雲の隙間からさしこんだ月明かりが入ってきてカガリを照らす。
僕の後ろには暗い影のような闇が。

「ん……キラ?」
「カガリ……」

目を擦りながら僕を見上げるカガリ。僕だとはっきりわかると笑ってくれた。
カガリも痛むはずなのに。僕に押し込まれた傷が痛いはずなのに。
なのに平気だというように笑ってくれる。

「あ!傘渡したのに濡れたな!半乾きじゃないか」

僕の上着を掴んでそう言うカガリから一歩後ずさる。
カガリの手からはするりと掴まれた上着がはずされた。

「ごめん、カガリ」
「どうして謝るんだ?」

カガリは逃げない。
逃げないからガラスの靴は落とされない。
ならどうやって探せばいい?

僕はただ後ろに待つ闇の前で彼女を見る事しかできなかった。

押し込んでしまった傷が内を浸蝕してしまう前に、彼女が彼女であるうちに、彼女を引き寄せるか突き飛ばすかを選ばなければいけない。

光と闇の間で僕は淵に佇む。



H20.5.19



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