act.10 Kira


 


望むものは目の前にあるはずなのに動けないのは僕だけではなかった。
僕にはないものを彼らは持っていて、彼らにないものを僕は持っている。
僕はただこの淵に佇むしかできなかった。
遠ざかる事も、近づく事もできずに。


「キラ?」

我に返るとカガリは椅子に座ったまま僕を見上げていた。
手は半乾きの服の裾を掴んでいる。

「ごめん」
「だから何で謝るんだ?」
「謝るような事を僕がしたからだよ」
「そうか……」

カガリは悲しそうに笑うと服の裾から緩く手を離した。

「私は怒ってないのに謝るんだな」
「悲しませてるよ。困らせてる!一緒にいれるはずなのに僕が……」

僕が気持ちに気付かないふりをすれば、隠せば今まで通りだった。
何故カガリを悲しませる事をしてしまったんだろうと今はただ後悔だけがある。

「怒るぞ」
「いいよ、怒って」

それでもカガリは怒らなくて、瞳から悲しさは消えなかった。
許そうとする瞳が酷く痛い。許さないでほしい。
そうすれば僕はこのままの気持ちで君の前からいなくなれる。もう今までの僕はいなくなれる。

「キラがどうしたいかわからない」

あんな事をされて怒りもしなければ責めもしない。

「カガリにした事が全てだよ」
「キラはぐちゃぐちゃだ!もっと言わなきゃいけない事があるはずなのに!」

そんな事はわかっていた。アスランやシンと話している時もどこか自分が違う所にいるような気分だった。
考えが定まらない。今までの思いが彼らに向けられ、追い込む。
それは僕も追い込む。

どうして僕はここに戻ってきた?

「また君を抱きにきたのかもしれないよ」
「っ……!」

僕の言葉にカガリは身構える。無駄だとはわかっているはずなのに。
僕の中の動揺は表には出ずに、彼女を追い込むような言葉がでる。
僕は彼女をどれぐらい蝕んだのかを見に来たんだ。だから戻ってきた。

「そうしたいならそうすればいい」

まだ、駄目だ。
だからカガリなんだ。
真っ直ぐな瞳は逸らされ事がない。どうしたらいい?
どうしたら君の瞳に見られなくても僕を安心させてくれる?

動けないまま沈んでいく。彼女が助けようとして、それが罠だと気付いた時にはもう……。


「キラ!」


再び服の裾を強く掴まれた。
彼女が渡してくれた傘をささずに濡れてしまった。彼女の優しさを受け止めきれなくて。
今掴むこの手も彼女の優しさ。
だから振り払う。

「キラ?」
「優しさが欲しいんじゃない」
「じゃあ何が欲しいんだ?」

まただ。
その瞳で真っ直ぐに言葉を向けられたら、揺らいでしまう。
だから何も言えなくなってしまう。

「今までもこれからもなくならないって信じてる。だから」

カガリは立ち上がる。
僕はどうして言うのを迷っている?
二つの考えと思いが巡る。
僕が恐れていた事はもうないのだとカガリの言葉でわかっているのに。
信じてると言っているのに。

僕は嘘にも真面目になれなければ、今までと共にいる勇気もない。
彼らにはあって僕にはない。
真実への道を手助けもできなければ、隠す事しかできない。
カガリの口が開く。

「カガリの事が好きなんだ!」

カガリは口を開けたまま驚いた顔をしていた。
僕はこちらを選んだ。

深淵で彼女を見た。
淵で佇む僕に彼女は手をさし伸ばす。
僕はその手を取った。

「ごめん。今まで言えなくて」
「全くだ」

僕が少し笑むと彼女は笑った。
もう深淵ではない。

僕はその手に引き上げられたのだから。



H21.7.30



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