act.13 Shinn
予感はしていた。
だって彼女はそこにいたのだから。
否定したかったのは今までの彼女がいないのだとわかっていたから。
「シンくん、おいで」
来た道を戻るとキラさんが佇んでいた。
息を切らせている俺に合わせてなのかゆっくりと歩き出す。
その背中についていく事にした。今はそれしかできない。
「驚いたでしょう?」
「驚いたどころじゃないですよ」
言葉にしろと言われたら形容する言葉がないと答えたいぐらいだった。
本当は怒りたいのかもしれない。
でも怒りという感情は不思議と沸き上がってこない。
「どうして言ってくれなかったんですか」
「君は真実を告げられて受け入れられた?」
見透かされたようでどきりとした。
怒りの感情がないのはきっとそれが理由。真実を知ってそれを受け入れられた自信はない。
「なんてね。ただ意地悪をしたかっただけなんだ」
「え?」
キラさんはこちらに顔を少し振り向かせた。口には自嘲気味な笑みが浮かべられていた。
「アスランにも君にもあるものが僕にはない。なら君達からあるはずのものをないものと見せかけてしまえばいい」
一瞬何の事を言われてるのかわからなかった。
何か理由があって俺に教えていなかったのだと思いたかったのかもしれない。
ただ戸惑うばかりで何の反応もできずにいるとキラさんの足が止まった。
「昨夜話したよね。君は僕は魔法の杖だけど自分はガラスの靴は持てるって」
随分前のような錯覚に陥るけど昨夜の事だった。
今話しているキラさんは昨夜よりも軽く見える。
辺りが明るいのもあるのかもしれないけど、昨夜の重い雰囲気は感じられなかった。
「僕には魔法をかける相手がいる。でも君には靴の持ち主がいない。アスランは見えていない」
三人共何かが欠けている。お伽話にしたら誰も成立しない。
キラさんが再び歩きだして、慌ててそのあとについていく。
きっと彼女のいる場所に行くのだろう。
そう思えば思うほど言葉が出てこなかった。
「君はガラスの靴を投げ捨ててでも相手を見つけようと思える?」
しばらくしてキラさんはそんな事を呟いた。
前さえ見ていられず俯いていた顔は上げられない。
再び止められた足が今度は目的地についたからだとわかったからだ。
「お伽話は夢見るもので現実は違う。君は何を求める?過去?未来?」
「どうしてそんな事言うんですか」
「償いだよ。本来ならもっと早く迎えられたはずなのにそれを奪っていたから」
はっきりと諭す声とは違い、弱々しい声が返ってきた。
きっとアスランさんがラクスさんの元へ来たのもこの人が何か言ったからだろう。
放っておいたっていいはずなのに。勝手に迷っているだけだ。
「違いますよ」
「え?」
顔を上げて一歩二歩と踏み出してキラさんを追い越した。
「それは応援ですよ」
償いで言われたから踏み出したわけじゃない。
そう言うように俺はすれ違いざまに告げた。
表情は見えなかったからわからない。
もう目の前しか見えなかったから。
「ミーア……」
海を見る横顔に短い髪の毛。
昨夜別れを告げた少女だった。
こちらに気付いて軽く手を振ってくる。
アスランさんから告げられた伝言はミーアが生きているという事だった。
予感はしていたのにいざ告げられると信じ難くて、彼女を目の前にしても完全に信じられずにいる。
だって昨夜の彼女ならそれはミーアには記憶がないという事だからだ。
今までの事を覚えている事が彼女にとって辛いのはわかる。
でもそしたらミーアはどこに行ってしまったんだろう。
記憶がないのならどうやって彼女だとわかればいいのだろう。
ガラスの靴を渡す相手がいない。
彼女はガラスの靴を落とした事も忘れて人魚姫になってしまった。
「ミーアは無断で外出してたんだ!シンくんの話を僕がした次の日から」
後ろからキラさんの声が聞こえた。
近づかない俺にミーアも近づけないでいるのか不安そうにしている。
もしも都合よく考えていいならミーアは少しでも俺を知っている?
覚えていなくても俺を探したいと思ってくれたんだろうか。
今までがなければ別人も同然なのかもしれない。
それでも俺は彼女が好きだった。
だから悩んだ。
一緒に沈んでしまいたかった。
でもできなかったのは生きていてほしかったから。
彼女が笑える未来で生きてほしかった。
「好きなんだ」
そう口にすると今まで動かせなかった身体がすぐに動いた。
踏み出した俺にあわせてミーアが胸に飛び込んでくる。
辛くないと言ったら嘘になる。
それでもこれからを選びたかった。
今までが全てじゃない。
だけど確かに在った想いがある。
浮かび上がった想いを掬って抱きしめる。
H21.9.10
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