your hands
きっと
その先も
知らぬまま
この瞳は
あなたの手を
追ってしまうのでしょう
「どうしたのアスラン」
「えっ、何がだ?」
「何がって……」
機体のメンテナンスのため画面に向かっているとキラに呼び掛けられ振り返った。
どうしたのと聞かれる理由が自分には見当たらない。
でもキラは心配するような面持ちでアスランを見ていた。
「アスランがここに立ってからだいぶ時間経ってるよ?」
「え?……あ」
画面を見ると何も進んでいない事に気がついた。
「まるで誰かみたいだよ」
「誰か……?」
すぐに思いあたる人物がいた。考えないようにしていた人物。考えても何もできないのだから。
「あの子は軍人じゃなかったのにどうしてみんな敬礼したんだろうね?」
「それは俺達が軍人……じゃないか」
「うん、僕達はあやふやな存在。あの子の方が僕達よりはっきりした物が見えたのかもね」
その言い方が何だか彼女が死んで当たり前のように聞こえた。
はっきりした物を信じすぎたために終わってしまった。
「違う。ミーアは……変わらなかった、俺達と」
「誰も確かな物なんてないんだから、そうだよね」
キラはふっと笑みを浮かべるとアスランから離れ歩き出した。
「誰も、確かな物はない、か」
アスランの呟いた言葉は誰に聞かれる事はなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「な、何をしてるんですか?」
「ピンクちゃんと鬼ごっこですわ。綺麗なお花ですね」
クライン邸を訪れるとテラスへと案内された。
そこではラクスがピンクハロを追いかけ手を伸ばすがあと一歩で届かず、また追いかけ手を伸ばし届かずを繰り返していた。
見ているとピンクハロがその光景を楽しんでいるようにも見えるがそんな機能はつけていない。
「あ、はい。よければ……貰っていただけますか?」
「もちろんですわ」
赤い薔薇の花束を差し出すアスランに駆け寄りラクスは花束を受け取った。そしてオカピに乗せる。
「しかし何故ピンクハロを追いかけてるんですか?」
「私が鬼だからです」
「どうやって決めたんですか?」
「じゃんけんですわ」
じゃんけん?と疑問符が浮かぶ。あのハロには手はつけていない。どうやって手を使わねばならないじゃんけんをしたのか。
「私がチョキを出して負けてしまいましたの」
ラクスはアスランに見せるように左手でチョキの形を作る。
「ハロは?」
「グーですわ」
形まんまじゃないか!グーしか出せないのに何故チョキを出す、と心の中で突っ込む。しかも負けたのに嬉しそうに説明をするラクス。
こんな庶民的な会話をするとは思っていなかった。遠い存在で想像さえできずにいた少女が目の前にいる。
「なかなかピンクちゃんを捕まえる事ができませんの」
少し悲しそうにいわれるとこう言わざるをえなかった。
「私も一緒に捕まえましょうか?」
そう言ってから鬼が二人いては駄目なんじゃないかと気がつく。
「まぁっ、いいのですか?」
本当に嬉しそうに両手をあわせるラクス。
そして機械相手に大人気なくも二人で捕まえる事に成功した。
挟みうちにしたのはいいがピンクハロは目の前にいるアスランに体当たりをしてきた。
なかなか痛かったがすぐにラクスが捕まえる事ができた。自分が捕まえるよりはラクスが捕まえる方がいいだろうと思っていたから。
「次はピンクちゃんが鬼ですわ」
捕まえたピンクハロに告げるとピンクハロは耳部分をぱたぱたさせた。
「アスラン、逃げましょう?」
「え、はい」
ラクスはピンクハロを放すとアスランに近付き手を取った。
「あの……ラクス?」
「早く逃げないと捕まってしまいますわ」
何故二人で手を繋いで逃げるのかがわからない。
でもその手は暖かくて彼女がここにいるのだと実感できた。
遠く完璧を模した自分の中の彼女が溶かされていくような、そんな暖かみ。
「はい、逃げましょう」
ラクスは少し驚いたような顔を見せるがすぐに笑顔を浮かべ、アスランの手を引き走り出した。
いっそ逃げてしまいたかった
一人で逃げた
君が怖くて
壊しそうで
壊されそうで
俺は君の手をとる事さえできない
繋がれない手は冷たくて
凍えてしまいそうだ
凍って
壊れてしまえばいい
粉々になってしまえば
この手さえなくなる
見えないこの
冷たい手が……
戻りたいなんて
言わない
ただ君のその手に
この手を重ねたい
「ラクス……」
ラクスが佇んでいる室内に足を踏み入れるがそれ以上は近付けず、呟くように名前を呼んだ。
聞こえていないのかラクスは微動だにしない。
ミーアの遺体が置かれていた場所。そこにはもう何もない。
それなのにラクスはずっとそこを見つめていた。見ているようで見ていないのかもしれない。時間の感覚もわからぬままそこに佇むだけ。先ほどの自分のように。
“忘れないわ”
キラの腕の中で涙を流し強くそう言った。
こんな彼女は知らない。あの時の彼女はどこへ行ってしまったのだろう。
「アスラン?」
「えっ?」
いつの間にかこちらを振り返るラクス。アスランが気がつくとラクスは微笑んでいた。
「どうかされたのですか?」
「いえ、あのっ」
ラクスはよく自分にどうしたのかと聞いてきた。でもいつも何でもないと返すだけ。
そのいつものように返し顔を俯かせようとするが顔をあげた。
「彼女を送る時、敬礼をしなかったのは何故?」
「私は……あの方を送る資格はありません。まだこの胸に止どめていたい、そう思ったからですわ」
一瞬胸を押さえ苦しそうな表情を見せるが、一瞬だけで笑みは崩れていなかった。
彼女らしい答えだと思った。
でも何かが違う気がする。妙な違和感。
「……ラクス」
「お話はそれだけですか?」
歩みよろうとするとラクスがきっぱりと告げた。
問い掛けてきているようでそれ以上近付かないでと言っているよう。
「ずっとそこにいても彼女は戻ってこない」
「……わかってますわ」
弱々しく答えるとアスランから視線をそらし、彼女が置かれていた場所を見つめていた。
「私がプラントにいればあの方は……」
後悔
きっと彼女には一番不似合いなもの
自分の中の彼女が崩れていく
溶かす熱は
持ち合わせていない
だから
彼女はぼろぼろと
崩れていく
「ミーアの言葉はラクスを引き止めたかったわけじゃない。一緒に……」
次第に目頭が熱くなり涙が零れていた。
これは自分にも言える事。なのに気付かずにいた。
「アスランは私がプラントにいればよかったと思いますか?」
「ラクスが選んだ事だ。俺がどうこう言える事じゃない」
涙を拭いそう告げる。ラクスは視線を逸らしたまま目を伏せた。
「私は何もできません。怖いのです。何もできないとわかって離れて行く人々が」
だからプラントを離れた。
アスランはラクスにゆっくりと近付いていく。何を語るわけでもなく、ただ近付いていくだけ。
「アスラン……?」
うっすらと瞳を開けたラクスはアスランに呼び掛けた。
「何もできないからこそできる何かがあると、俺は思う。ラクスは俺にとってそんな存在だったから」
気付けばいてくれる安心感
それは時に不安にもなるが嫌なものではなかった
何かしているとか、何かしていないとか
そんな事は関係なくて
忘れないから
止まるんじゃなくて
忘れたいから
止まってる
自分が侵した事柄から
目を背けている事を
逃げてしまった事を
忘れたくて
何もできない
だれもなにも……
だから
「……ラクス」
アスランは弱い笑みを浮かべて手を伸ばした。
近付いていてもその手は届かない。
「アス、ラン」
一歩近付きラクスも手を伸ばす。触れた瞬間涙が頬を伝った。
重ねるだけで握る事はしない互いの手。
握る事ができない
まだ
……まだ
だから
今はただ触れ合う
まだ届いてないから
君の手を追っていても
まだ自分の手が見えない
この世界は
君の冷たさで
君の暖かさで
ただそれだけ
一度は
離れてしまった手を
繋ぎ直せる
まだ冷たい何かが
繋いでいるから
いつかとける
その時まで
今は
重ねる手だけが
歩けるもの
H17.9.29
book /
home