幻想という名の夢〜恋歌姫〜
「アスラン誕生日おめでとうイブ〜!」
「は?」
家のドアを開けるとキラが笑顔で立っていた。
「ほら、明日アスランの誕生日でしょ?」
だからってクリスマスイブじゃあるまいし誕生日前日を祝うなんて聞いた事がない。
キラが後ろ手に何かを持っているのに気がつきアスランは何だと尋ねた。
「一日早いけど誕生日プレゼント〜!!」
「……猫?」
差し出されたものは子猫。キラの両手でしっかり掴まれおとなしくアスランを見つめている。
ただの猫ならまだわかる。しかしアスランはその色が引っ掛かった。
「珍しい色だな」
「そうでしょ?探すの大変だったんだよ」
綺麗な桃色の毛並みを持つ子猫は小さくにゃあと鳴いた。
じっと見つめ顔を近付けると心なしか子猫が微笑んでいるように見えた。
「まさか……」
嫌な予感がしてキラをちらりと見るがキラは笑顔でん?と首を傾けた。
「まさか、ラクス?」
呟かれた言葉。キラはぱちくりと瞬きをすると吹き出して笑った。
「いくら僕でもそんな事できないよ〜。精々耳としっぽ生やすぐらい」
それも普通は十分できない事に思えるがあえてつっこまず子猫を見つめる。
「可愛がってあげてね。あ、でも変な事には使わないでよ」
「どんな事だ!!」
あははとキラは笑うと来て間もないのにも関わらずすぐに退散した。
「たくっ……何なんだ」
「にゃあ?」
キラが去った玄関に佇んでいると、手渡された子猫が腕の中で鳴く。
「わっ、やめ、くすぐっ……」
アスランを見上げていた子猫は、アスランの肩に前足を置き顔を舐めた。
アスランが笑い出すと舐めるのをやめ、小さく鳴いた。
「ここで大人しくしてるんだぞ?」
子猫をソファに乗せるとアスランはキッチンに向かった。
ミルクを皿に注ぎながら、子猫の事を考える。本当にラクスじゃないのか、と。
いつもならラクスが訪れるはずなのに来る気配はない。
「まさか、な」
皿を持ち上げ子猫の元に向かう。
「にゃぁ」
「え?うわっ」
鳴き声が聞こえ足下に視線を向けるとあの子猫。慌てて避けるがその場でコケてしまった。
皿の中のミルクは洋服にかかってしまいミルクの匂いが服に染み付く。
「何でそんな所にっ……!」
危うく子猫を踏んでしまいそうになり怒ってしまいそうになるが、息を吐き子猫の頭を撫でた。
「シャワー浴びてくるから待ってるんだぞ?」
猫に言葉がわかるわけがないがついそう言ってしまう。
立ち上がりバスルームに向かう。
服を脱ぎ始めると猫の鳴き声が聞こえた。
「ついてきちゃったのか……」
アスランの足にぴったり身を寄せてにゃと鳴く。
「一緒に入るか?なんてな」
抱き上げ冗談で聞いてやると鼻をぺろっと舐められた。驚くが不思議と笑っていた。
「普通猫は風呂とかは嫌がりそうなんだけどな」
手で子猫の体を洗ってやりながら呟く。泡をシャワーで流してやると水を飛ばすように体を動かしていた。
湯船に入ると子猫の体もゆっくりいれてやる。
「どうした?」
今までおとなしかった子猫が足をばたばたとさせ始め、お湯が跳ねる。
顔を近付けて聞いてやると子猫は顔を寄せた。
途端におとなしくなり、また不思議と笑ってしまう。
子猫はアスランが笑うとにゃあと鳴いた。それが何だか嬉しそうに思えた。
「そういえば名前考えなきゃな」
風呂からあがりリビングのテーブルに子猫を置いた。
絨毯が敷かれた床に座り、子猫の頬に手の甲で触れる。気持ちよさそうに子猫も頬をすりよせた。
「……ラクス」
今日一度も見ていない大切な人。たかだか一日。でもその一日でさえ、穴があいたような気持ちになる。
前は何日も会わない事なんてよくあった事だなのに、今では一日さえ会わないとおかしな気持ちにさせる。
前は会う度緊張してしまい何を話せばいいのかわからず、会うのが苦痛に思ったことさえある。
でもそれは苦痛でも何でもなかったのだと気がつくのはだいぶあとだった。
「ラクス……」
もう一度その名前を口にすると急に眠気を感じ瞼が落ちてきた。
最後に聞こえたのは猫の鳴き声。
最後に見えたのはラクスの微笑んだ顔。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
おかしな気持ちだ
目の前には湖
辺りは暗く、夜
月の光が水に反射して
きらきらと映る
その中に
少女がいた
背中を向けていて
たまに横顔が見えても
長い桃の髪が遮ってしまい
顔が見えない
それでも綺麗でずっと見ていたくて
どんな声なのか
どんな風に笑うのか
どんな風に泣くのか
声をかければいいのに
かけられない
幻に焦がれてるようだ
届くはずなのに
これは夢だと諦めて
この手は届かない
この声は届かない
ただその姿だけが
月に照らされ
この目に映る
彼女は俺を知らない
俺は彼女を知らない
幻を想う夢は
悪くはない
でもそれは真実ではないのだと
夢だと諦めてる自分は
涙を流してしまう
握りしめた手を開かないのは自分なのに
開く事をためらっているのは自分なのに
何も掴めないと諦めているのは自分なのに
歌が聞こえた
まるで子守歌のようなのに
涙は止まらない
涙を誰かからか
隠すように
月が雲に隠された
次に月の光が
水を照らす時
彼女は微笑んでいた
だから
この身体は水の中に入った
そして
そして……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ん……」
いつの間にか横になって寝ていたアスランは目を擦りながら上半身を起こそうとした。
「わっ!」
しかし何かが両肩に触れ押し戻す。目をしっかりと開けるとそこには彼女がいた。
「お誕生日おめでとうございます、アスラン」
「ありがとう……ございます、ラクス」
いなかったはずのラクスが目の前いて驚くが、微笑み祝ってくれる彼女に笑んで返した。
そしてその言葉で日にちが変わったのだとわかる。
段々と意識がはっきりしてくると自分の状況がわかってくる。
「ら、ラクス?」
「はい」
「……重くないですか?」
大丈夫だと返され赤面するアスラン。ラクスに膝枕をされ心地よくも恥ずかしかった。
「アスラン、少し外へ行きませんか?」
そう言われラクスの手に引かれながら外へ出た。
「月が綺麗ですわね」
「そうですね」
月が綺麗だと空を見上げるラクス。そうですねと返していてもアスランは空を見ずに、ラクスを見ていた。
ラクスが綺麗だと思っても気恥ずかしくて口にできない。
見つめているとラクスはアスランに振り返り微笑んだ。
まるで全てわかってくれているかのように。
「ラクス!!」
夜の静寂の中のせいかその声は辺りに響いた。
ラクスはアスランが何かいいたそうにしているのを見つめながら何も言わずに待っている。
顔を俯かせかけるがすぐに顔をあげ、ラクスを真っ直ぐ見つめた。
「綺麗、です」
精一杯の気持ちで口にした言葉。どんな反応をされるか不安で一瞬何もかも止まったような錯覚さえする。それぐらい一瞬が長く感じた。
「きっとアスランがいるからですわ」
「え?」
聞き返すもふわりと自分に抱き付いたラクスはそれ以上何かを語る事はなかった。
アスランと耳元で呼ばれ、アスランはラクスを抱き締めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アスラン、おっはよ〜!うわ」
自室のドアが勢いよく開かれた音でアスランは目を覚ました。
「キラ?」
「もう昼だよ?遅い時間まで頑張っちゃ……」
「違う!!」
言葉は伏せているつもりだろうが何が言いたいのかは察しがつき、大声で否定する。
何かに気がつき慌てて口を押さえた。
「アスラン、何やってるの?」
「ラクスがまだ寝てるんだ」
少し声量を落とし説明するとキラはにやりと笑った。
「だからっ……部屋から出るぞ」
ここで言い合っていても仕方がないと、アスランはベッドから出るとキラと共に部屋から出て行った。
「ん……」
ラクスは寝返りをうちながら腕は何かを探し彷徨う。
そしてすぐに目が覚め部屋を出ていくまであともう少し。
貴方は闇であり光
私は何もできず
歌うだけ
照らす光はあっても
まだ私は見えない
闇が私を隠そうとするから
光が私を照らし続ける
貴方がここに来てくれるのを
私は貴方の側で歌い続けて
待っていました
私が綺麗だと言うならば
それは隠す光と照らす闇があるからでしょう
光が私を隠して
見えなくしてしまう
闇が私を照らして
貴方を導いてくれる
私は何もできないけれど
貴方の何かになれたら
幸せ
だから歌い続けているのです
この幻想が作り出した夢の中で
真実の貴方が
私に触れる時が
目を覚ます瞬間
私は恋歌姫
ずっとずっと
貴方に焦がれて
歌い続けます
貴方という夢が
今はこの手の中に
真実としてあるから
H17.11.2
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