離れて近づく関係


 


「羊が52匹、羊が53匹」

テーブルに両肘をついて羊の数を数えていた。
羊なんてどこにもいない。じゃあ何で数えているか。

「何匹まで数えられましたか?」

氷の入ったグラスを起きながらラクスが聞いてくる。
グラスに入った水を少し飲んだ。少しほてった身体が少しだけ冷えた気がする。

「53匹」
「ではもう少し数えてみましょうか」

向かいに座って微笑んでくる。
その微笑みには逆らえなくて数えるのを再開する。

「羊が54匹、羊が55匹」

どうにも落ち着きのない僕に対してラクスが羊を数えてみたらどうかとそう言っただけ。
確かこれって眠れない時にやるとか聞いた事があるような。

「羊が98匹、羊が99匹、羊が……」
「アウル?」
「もう100なんだけど」
「そうですわね」

聞かなくても続行なんだとわかる。再び数えはじめる。
ラクスを見続けるのは気恥ずかしくて少し視線を上に上げた。

「羊が134匹、羊が135匹」

いつも話しているはずなのに僕の声だけがあるのが不思議だった。
ラクスに聞かれている。ラクスが聞いていてくれている。
ただそれだけなのにうれしく感じる。

「羊が200匹……そういえばさ、羊と狼の話があったよな」
「アウルは知らない人が来ても決して戸を開けてはいけません」
「開けねーよ」

その本の羊の子供達に母親が言ったように言われる。違和感がなさすぎるのもどうだろう。
気付かずに普段からこんな感じになってるからなのか?

「結局狼が痛い目をみる。でも戸を開けたのは羊なんだから食べられて当然じゃん?」
「狼さんは羊さんを騙して入ったわけですからどうでしょう」

母親だと思って開けたら狼だった。
これは仕方がないこと。弱いものは強いものに食べられる。
じゃあ僕はどうしてここにいるんだろう。

「言い付けを守らずに戸を開けっぱなしにしてた馬鹿な羊は食べられて当然だよね」
「でも今は戸を閉める事を知りましたわ」

ラクスの表情に懐かしさを感じた。守られているとわかる眼差し。

「僕は羊以上になれるのかな」

気付くとそんな事を口にして我にかえった。
ラクスにじっと見つめられ、僕も見つめ返すしかなくなってしまう。

「アウルは今羊を数えてますわ」

そう言われて数を数えるのを再開した。
決して羊を下に見ているわけじゃない。羊だっていい。
ただ守られているだけの時は過ぎたいから。
例え話に何真面目になってんだか。
そうは思っても思い浮かんでしまったものを無視できなくて、あんな事を呟いていた。

「羊が355匹、羊が356匹」

何となく落ち着いた気持ちでさっきまでラクスから外されていた視線はラクスに向いていた。
数を数えるのも楽しくなってきたような気がする。

「羊が399匹、羊が400匹」
「今日は一緒に寝ましょうか」
「え?」

400を数えた直後に言われて驚いてしまう。
頬杖をついていたが顔が手から離れた。

「私がもし眠れなくなったら数えてくれますか?」
「……しょうがないから数えてやるよ」

今は戸を閉める事しかできなくても、できることはあるはずだから。
そうして離れて、近づくんだ。



H20.8.28



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