unsymmetry
「屋敷内をかくれんぼ…ですか?」
「はいっ」
他愛のない会話の中でアスランは少し驚いていた。
何回か会い、会話をして彼女が掴み所がないという事はわかっていた。
同じ年だとはわかっていてもその雰囲気から年上にすら思えてしまう。
そう思っていた矢先に無邪気な笑顔でかくれんぼと言われた日には少しばかり幻聴なんではないかと疑いたくなる。
「ピンクちゃん一人で私を探すのは大変ですから他のかたにも手伝っていただきましたの」
「この屋敷のかたですか……?」
アスランの問いにラクスは先ほどと同じように頷く。
“ラクス・クラインが自宅でかくれんぼ”
いいネタにはなりそうだ。でもまだアスランは目の前の少女が本当にそんな事をするのかと思っていた。
年相応の容姿ながら落ち着いた振る舞いを見せる少女。かくれんぼをするようには見えない。
「でも誰も私を見つけて下さいませんでしたの」
「はぁ……」
段々とその情景が浮かぶような語り方に半ば信じながらも曖昧な相槌を打つ。
確かに広い屋敷ではあるが見つからなければ探す人数も増えるはず。それなのに見つからなかったというラクス。
「隠れる側は見つからなければ勝ちなわけですからそれでいいんじゃないですか?」
「そうなのですが……うぅ〜」
「……ラクス、悩むと言うその癖をやめて下さい」
初めて会った時、ラクスの想像していなかった対応に苦悩し言ってしまった“うぅ〜”という言葉。
あれ以来ラクスは何か困ったり悩んだりすると言うようになってしまった。
毎回やめるよう頼んでも直る気配がない。これはこれで面白いので最近はいいかとも思っている。
以前はハロやオカピ、お茶などすぐにわかる事でも今回は何なのかわからない。
「ラクス」
「はい」
アスランは少し考えラクスに呼び掛けると椅子から立ち上がった。
「かくれんぼしましょうか?」
「さて、もういいか」
腕時計を確認するとその場から動き出す。
かくれんぼをする事になりラクスが隠れに行ってから5分経過していた。
ラクスから屋敷内を歩き回ってもいい許可をもらいアスランは手当たり次第部屋を探しに行こうかとも思った。
「大人数で探して見つからないんじゃそんな事しても無意味か」
その人物がいなくなったと思ったらまずその人物の部屋に行くだろう。
「失礼します」
いるかはわからないが女性の部屋に入るのは少しばかり戸惑う。
扉をゆっくり開けると天気のいい空から陽射しが窓から溢れて部屋を暖かさに満たしていた。
「ラクス?」
一歩踏み出し呼び掛けるが人の気配はない。
隠れられるような場所もなく、意味もなく部屋を見回す。
想像していたのとは少し違う、寂しい部屋。
そんな印象を受けた。
「次はどこを探しに行くか……」
と言いながらいつもお茶を飲む場所へと向かう。
「いないか」
ピンクハロがテーブルの上で跳ねているだけで他は何もなかった。
もしかしたら隅から隅まで探せば見つかるんじゃないだろうか。
でもそれは違う気がした。
「俺なら……」
“俺なら?”
アスランは小さく何かを呟き先ほど行った場所に向かっていく。
─対称的だと思ってた
自惚れかもしれない
でも彼女と自分は違うと
でも今思うと
対であって近くにあったのかもしれない
近過ぎて見えなかったのかもしれない─
「ラクス」
アスランが扉をあけるとベッドにラクスが腰掛けていた。
ラクスは扉を開けたアスランを見つめ何も言わない。
言わないというよりは言葉がでないようにも見える。
「俺に見つかってしまいましたね」
「……はい」
ゆっくりと微笑むラクスを見るとアスランは扉を後ろ手で閉めた。
「アスラン凄いですわ。誰にも見つかりませんでしたのに」
「俺も家で隠れる時は最初に別の場所に隠れて、鬼が自分の部屋を見たあとに自分の部屋に隠れてたんです」
「そうでしたの。一緒ですわね」
笑っているラクスにつられてアスランも笑ってしまった。
意外と見つからない場所。それを見つけた自分が嬉しかった。
一緒という言葉が嬉しかった
独りだと気がついたのは
眩しい光の中の君を見て
同じ光の下に立っても
もう届かないと思い知るだけ
それなら弱い光の中で
独り空を見上げてたほうが楽だ
でも寂しくも空しくて
とても……愛しい
「お前ならどこにいるかわかるだろう!?」
「わかるわけがないだろ。彼女とは何の関係も……ないし」
受話器越しに怒鳴られながらアスランは窓から暗い空を見上げた。
「わかった。明日そっちに行く」
「どうかしたの?」
受話器を置くといつの間にかキラがすぐ側に立っていた。
「ラクスがいなくなったそうだ」
「今の状況でラクスが軽はずみな行動するとは思えないけど……」
「明日プラントに向かう。そうすれば何かわかるだろ」
「アスランが行ってどうにかなるの?」
柔らかな応対をしていたキラの突然の変わりようにアスランは少し驚く。
自分が行ってどうにかなるものでもないというのは承知しているだけに痛い所を突かれた。
「俺が行きたいんだ」
「そっ、ならいいんだ。行きたいなら行った方がいいよ」
キラはふっと笑うと部屋へと戻って行った。
キラが見えなくなるまで背中を見つめ、見えなくなると窓を見つめた。
「あの時も今もまるで……」
─空が自分のよう
自分ではわからないものを
映し出して教えてくれる
この空は自分と対称的なわけじゃない
釣り合うものなんて
何一つないから
掴みたいと願うのかもしれない─
「遅いぞ!」
「これでも急いで来たんだから文句を言うな」
プラントにつくと相変わらずなイザークがアスランを出迎えた。
「ラクスに何か言われたんじゃないか?」
「ラクス・クラインが今のお前を呼ぶ必要がどこにある」
確かにそうだが人から言われると余計に事実をつきつけられているようで言い返す言葉さえなくす。
「でもラクスがいなくなるなんて……他に手掛かりは?」
「ない。だから貴様を呼んだんだろう」
だからと言って自分がラクスの何かを知っているわけではないのに何故呼ばれたのか。
「本当にラクスに何も言われてないんだな?」
「くどいぞ。それともお前は婚約者がいなくなって心配ではないとでも言うつもりか?」
イザークの問いに言葉が詰まる。心配にはなる、でも婚約者ではない。あの時わかれたのだから。
「おい、アスラン!聞いてるのか?」
「え、何だ?」
アスランの態度にイザークは怒りを抑えため息を吐いた。
どこか心当たりはないかと聞かれたようだがないとしか答えようがない。
クライン邸もホワイトシンフォニーも今はもうないだろう。他に思い当たる場所はない。
不思議に思ってはいたがやはり自分にできる事がないと思い知らされる。
手当たり次第探す事ならイザークがもうやっているだろう。
「これ、似たような事があったような」
少し俯き記憶を巡らせる。巡らせずとも思い出される思い出。
まだずっと彼女を見て過ごしていくのだと思っていた頃の出来事。
「……ラクスの家は探したんだよな?」
「当たり前だろう」
「向かってくれ」
「着いたぞ」
プラントに到着した時間も早いとは言えない時間だったせいか、着く頃には当たりは真っ暗になっていた。
「イザークは行かないのか?」
クライン邸ほどではないが少し大きい屋敷。アスランは入ろうとするがイザークは車から離れようとはしなかった。
「本当にラクスからは何も……」
「くどい!言われてはいない」
「わかったよ。じゃあ行ってくる」
「ああ、ちゃんと話して来いよ」
イザークのその言葉にアスランは少し笑い屋敷の扉を重々しく開けた。
屋敷内はクライン邸の内部と似ていた。考えるよりも早く足が進んでいく。
確証はないがきっとラクスの部屋であろう扉の前。
ノックはせずゆっくりと扉を開いた。
「俺に、見つかってしまいましたね……ラクス」
「はい」
明かりも点けず暗い部屋の中。昔と被るものがあるものの、彼女の顔ははっきりと見えず月明りを背にこちらを見ていた。
「少しアスランとお話をしたくて」
「そうですね、俺も……」
「アスラン?」
ベッドに腰掛けているラクスに近付き両肩に手で触れると、ラクスはアスランを見上げて少し首を傾げた。
「話を……」
それ以上言葉は続かず床に膝をつくとラクスを抱き締めた。
窓が開いているのか風が頬を撫で、冷たいと感じる。
それが冷たい風のせいか流れるもののせいかはわからなかった。
「アスランが見つけて下さると……思ってました」
「もう見つからないと……思、っ」
続けたい言葉なのに続かずラクスを強く抱き締めた。
同じはずなのに
こんなにも違う気持ちが
あるのは何故だろう
あの時と何が違うのだろう
「何度でも見つけてくれるから私は貴方の前からいなくなれるのです」
告白にも似たそれは
この部屋のように
暖かくも寂しかった
それでも何度でも
この小さな体を抱き締めていいのだと
そう思うと
頬が冷たさを増し
自分の体温を感じた
対称的なものであって
それは一つのもの
まるで今の俺達のようで
きっと見慣れた風景の中で
また出会えるのだと感じた
─愛しいものにあの瞬間気付いた
側にいるそれだけで
そう良かった
淋しい事にあの時気付いた
ひとり……
いつかまた会えたら
さよならは言わない
こんな日々もかけがえのない
光だと愛せる
今日の空はまるで僕の心のようで
静かすぎる夜風の中に
幻を見つけた
何も見えない……
何一つ感じられない
蒼い夜空の月が
照らし出すだけ─
H18.1.23
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