狭くも広いせかい


 


白紙のページを無意味にめくっていた。
しばらくめくってから閉じてみる。表紙にはdiaryと書かれていた。
1ページ1日分で区切られている。厚さもそれなりにある。
でも何を書けばいいのか思い浮かばなかった。

「あー……」

背もたれに思いっきり寄り掛かって天井を見る。

「何で日記」

ラクスが突然日記を書いてみたらどうかと言ってきた。
何でと聞いても書いてみると楽しいかもしれないからと日記帳を渡された。
言われるがままに何を書くか考える僕も僕だ。
どうせこうしてても浮かばないし1階に行こうと部屋を出た。

「ラクス」
「はい」

タイミングよく廊下でラクスと鉢合わせ。
タイミングいいというよりはまるで扉の前にいたような……足音も扉の音もしなかったし。

「日記無理」
「1ページ全て書かなくてもいいんです。その日にあった事が思い出せれば1行だって」

扉の前にいたのかを追求することはせず、日記は無理だと告げる。
予想通りの答えが返ってきたけど少し違った。

「1行でも?」
「はい」

それならできるかもしれない。
部屋に戻って白紙のページに少しだけ書いてみる。1ページの上の方に文字があるだけで空白の多い日記。
これがしばらく続いた。


「でもさ、日記なんて書いてどうすんの?」
「それはあとのお楽しみですわ」

ラクスがいれたお茶を飲みながら今日はこのことでも書いてみるかと思っている自分に笑った。

「ラクスも書いてんの?」
「はい」

そっかと小さく返してまたお茶を一口飲んだ。


ラクスの字は綺麗だから読みやすいんだろうな。書く事も結構ありそう。天気とか風が強かったとか冷たかったとか、海の波の事とか砂浜の事とか。

「あれ、これ日記か?」

今日は1ページの半分くらい埋まっていた。
でもそれはラクスは日記に何を書いてるのだろうという予想じみた事。
見ようとは思わない。
ラクスならきっとこんな事書くのかなと考えるのが楽しかっただけ。

「ま、ラクスとの会話を思い出すからいっか」

“その日にあった事が思い出せれば”とラクスが言っていた。
四分の一ぐらいまで書いた事に気付いて、今までのを遡ってめくってみる。
相変わらず余白の多いページばかり。でも不思議と初めて書く時にめくった時とは違う印象がした。文字なんて少ししか書いてないのに。

『甘党なわけじゃないのに紅茶の砂糖なしはまずかった』

これは言ったらラクスがクッキー焼いてくれたんだっけ。
甘いものと一緒なら美味しいですよって。それじゃ砂糖なしの意味ないじゃんとか言ってさ。

『何となく丸を書いたらラクスが付け加えた。ハロって言うらしい』

ロボットで聞いた話だとうるさそうなイメージがした。でもラクスは嬉しそうに話してた。
日記を遡ると今がどれだけ狭いものなのかと実感した。ラクス以外ないと言ってもいい。
それでも狭いのに広いと感じた。
この余白は狭いこの今を表してるわけじゃなくて、広いこの今を表してる。
だってこれだけで思い出せる日がある。
文字がたくさんあればその時の気持ちを思い出せるわけじゃない。
同時にどれだけその存在に占められているのかと怖くもなる。

ラクスがどういった意図で僕に日記を書かせたのかはわからない。
でも一日の区切りを知って、大切だと感じれたのは確かだと思う。

「なーんてね」

そこで思考に区切りをつけて僕は部屋を出た。
前みたいにラクスはいない。
だから今度は僕が待ってみる。もしかしたらこの前の時、ラクスはこんな気持ちだったのかな?
答えはわからないけど開くドアを待って、開いたら名前を呼ぼう。
それが今日の出来事になるのだから。



H20.10.20



book / home