忘れない、忘れたくない
「知らない」
無表情に告げられた言葉に僕はどんな顔をしただろう。
気付けばステラの胸倉を掴んでいて、スティングの止める声が聞こえていた。
『お前の事なんて忘れてぇよ!』
些細な事で僕がむかついて言った言葉。何か操作されなければ忘れないなんて事は知ってる。
だから言ったんだ。
「……もういいよ」
胸倉を掴んでいた手を離して、ステラを突き飛ばした。
何もわからずに何も言わないステラ。それが悲しかった。
何でもいいから言ってほしかった。“知らない”以外を言ってほしかった。
今になって記憶なんてこんな簡単に消えてしまうのだと、何て意味のないものだったのかを知った。
それから数日が経っても何も変わらなかった。
いっそ僕もあいつの事なんて忘れちゃえばいいのに、ゆりかごから起きる度にまだ眠るあいつを見てしまう。
「どうしよう」
部屋に入ろうとして部屋の中から話し声が聞こえてきた。
誰かなんてわかる。あいつとスティングだ。
ついドアも開かずに聞き耳を立ててしまう。
「アウル、話し掛けてくれなくなっちゃった」
「予想以上の反応だったからな……」
今、僕の名前を言ったのは誰だ?何の話してんだよ。
「アウル」
「二人で騙してたのかよ」
扉を開くとステラが気付いて僕の名前を口にした。
僕は不思議と怒ってるはずなのに声が荒がる事もなく静かだった。
怒っている以上に何かがあった。悲しいのかもしれない。
「アウル、違うぞ。これは」
「黙ってろ。ステラ、騙してたのかよ」
スティングの言葉を遮って、ステラの目の前に立った。
見上げてくる瞳に怯えはない。やがて無言のままステラは首を横に振った。
騙していないと言いたいのだろう。
「じゃあ何で知らないなんて言ったんだよ」
「アウル、だから」
「黙ってろよ!」
スティングからの説明なんて聞きたくない。それを伝えるように大きな声で制した。
「ステラ」
今の大きな声で俯いてしまったステラは、呼べばまた見上げた。
「わっ……」
口を開いたかと思えば両足に抱き着かれて倒れそうになる。
意図がわからずに何とか倒れるのは回避した。
「ステラ、悲しかった」
「は?」
「アウルに忘れたいって言われて」
あの言葉でこんな事したのかよ?と聞こうとして、ステラがぎゅっと足を抱きしめたもんだから続きを待った。
「でもアウルも悲しそうだった」
忘れられたら楽になれる気がした。いちいち気にかかるステラの事を忘れられたら、考える事もなくなるんじゃないかって。
そして言っていたのがあの言葉。
「だから、本当に忘れられたら悲しいし、忘れちゃったら悲しいって言いたかったの」
「回りくど……」
でも僕にわからせるには十分だったかもしれない。
「あの時のアウルは泣きそうだったからな」
「泣かねぇし!」
「ステラは泣いた」
「お前が泣いたのかよ」
足にしがみついたままのステラが見上げてくると涙目になっていた。
スティングから僕に知らないと言って、僕がいなくなってからステラが泣いていた事を教えられた。
「アウル、ごめんね」
「悪かったな」
二人に謝られて変な感じだ。元はと言えば僕が言った言葉のせいなのに。
「……ごめん」
「アウル?」
「お前っ」
「そんな反応すんなよ!忘れろ!俺は何も言ってませんー!」
そんな事を言ってるとステラはまたぎゅっと足にしがみついてくるし、スティングは頭を撫でてくるし。
「忘れない、忘れたくない」
ステラが笑って言う事は僕も同じだった。
考えて苦しいけど忘れたくない。忘れられたら悲しい。
記憶は一人のものじゃなくて、誰かと共有するものでもあるんだと知った。
H20.10.19
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