羽:3
苦しくても暖かくてどこかでこれで楽になれると思った。
キラが退出し誰もいなくなった部屋を見回す。なぜ自分がこんなところにいるのかがわからない。どこから来たかもわからない。帰る場所がないから仕方なくいるようなものだった。
定期診察の時間までぼんやり待つ。せめて何か暇潰しをするものを持ってきてほしい。キラに言えば持ってくるだろうか。
そんなことを考えていたら来客を知らされドアが開いた。
「あんた誰?」
黒いスーツのサングラスをかけた男。問うと男はサングラスを外した。
「……俺はアスランザラだ」
「ふーん。それで?何の用?」
「君の名前は?」
「知ってて来たんじゃないのかよ。アウルニーダ」
「そうか。座ってもいいか?」
「どーぞ」
何をしに来たのかは知らないがどうせ一人だ。誰がいてもいいだろう。
「記憶がないと聞いた」
「あったらこんなところいないだろ」
「ここから出たいか?」
「出してくれんの?」
沈黙。施設の人間だろうか。それにしては回りくどい。まるで手探りで話してるみたいだ。
「出て何かしたいことはあるのか?」
「似たようなことさっきキラにも聞かれたけどさ、こんなところにいたいわけがないだろ?」
「そういうことじゃない」
じゃあどういうことだと返したところでこのまま終わる気がした。
「バスケ。何となくだけど」
「他には?」
「他?」
首を傾げる。
「……僕を助けてくれた人に会いたいかな」
アスランは少し驚いたようだった。僕はいつの間にかここにいた。浜辺に倒れていたところを助けられたらしい。ぼんやりと助けられた記憶はあった。けれど一度もここに来たことはない。一方的な手紙だけが送られてくる。
「そうか」
「理由聞かないの?」
アスランは立ち上がり何も言わずに部屋から去っていった。会ってどうしたいのかわからないのにアスランにはわらっているような、そんな笑みを浮かべて。
机に俯せになって寝ていた。目が覚めていつ寝たか考える。紅茶の匂いがして用意してるのを待っている間に眠ってしまったのだと気がついた。
「寝てた」
「おはようございます、アウル」
「おはよ」
顔を上げるとラクスが向かいに座っていた。何だか少し久しぶりに見た気になる。数十分しか経ってないのに。
「起こせば良かったのに」
「気持ち良さそうに眠っていたので」
紅茶をいれたカップを差し出された。ラクスと暮らすようになって紅茶を飲むようになった。好きでもないのに飲みはじめいつしか好きになった。
「起こしてよ」
我ながら勝手だと思う。なのにラクスは微笑んだ。ラクスはいつもそうだ。
「こうしてアウルと過ごす何もかもが愛しいんです」
「……は?」
間の抜けた声が出てしまった。ラクスは常に微笑んで隣にいる。僕がどんな状態でも。それが嬉しくも何も返せないことに気づき歯がゆく思った。
「眠っている頭や頬を撫でたりしましたから」
「そんなことしてんの?」
「いけませんか?」
「いけなくないけど……」
照れ臭くなって肘をつき口を押さえた。ラクスはやっぱり笑みを浮かべている。
「アウル?」
手を伸ばして頬を撫でた。不思議そうに僕を見つめてくる。耳や顔のラインをなぞるとくすぐったさそうに笑った。
「何かしたいと思ってたんだなよね」
「何か、ですか?」
何もない自分に何ができるのか。あの瞬間楽になれると思った僕が、諦めた僕が何をできるのか。
「一つ一つ、一緒にやっていきましょう」
いつもラクスからだ。何もない僕に与えてくれる。大層なことは言えない。ただこの場所を、一緒にいる人を守りたい。昔に思えてたなら変わったのかななんて思う自分に笑ってしまう。
「ラクス、出掛けよっか」
「どちらへ行かれますの?」
「ここを出るための準備をしに」
ラクスは一瞬驚いた顔を見せてやっぱり微笑んでくれた。仕度をしてくると二階へ上がって行く。
ラクスの仕度が終わるまで待つ。紅茶は冷めていてそれでも美味しく思うのはラクスのいれた紅茶が好きだからだろうか。
「夢か」
ぼんやりと夢を見たんだろうなと思う。夢の僕もきっと今の僕と同じなのだろう。手探りで探してる。守るための自分のやりたいことを。
H27.4.20
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