いつもは言われない言葉に頷いた


 


朝目が覚めて階下に行くといつもはいるラクスの姿が見えなかった。

「どこ行ったんだろ」

扉に近づくと微かに歌声が聞こえた。

「ラクス?」

少し違和感を覚えながら扉を開けて歌声を辿る。
海辺に佇む姿はすぐに見つかった。

「あら?」

ラクスが横に佇んだ僕に気がついて見上げてくる。

「こんにちは。私はラクス・クラインですわ」

その言葉でラクスが僕を知らないとわかる。ラクスは幼くなっていた。僕の知らないラクス。先ほどの違和感は歌声が幼かったんだ。

「名前しかわかりませんの。私をご存知のかたでしょうか?」
「記憶がない?」
「はい」

対応があまりにも普段のラクスを彷彿とさせるも姿は幼い違和感。だけど記憶とは思わず驚いた。

「僕はラクスの……」


「ごちそうさまでした」
「食べれた?」
「美味しかったですわ」

とりあえず家に戻り朝ごはんにすることにした。普段はラクスが作っていて凝ったものはできないけど簡単な料理は最近はできるようになっていた。

「紅茶は?普通にしか容れられないけど」
「いただいてもよろしいですか?」
「うん」

手早く用意をし紅茶のカップをラクスに差し出した。一口飲んで微笑む。

「美味しいです。温かくて安心しますわ」

目の前に再び座りラクスを見つめる。この生活で別段困ることはない。でもなぜこんなことになっているのかは気がかりだ。

「何か覚えてることはない?」

僕の問いにラクスはカップを置き考え込む。

「やはり自分の名前以外は……」
「そっか。なに?」
「いえ」

凝視され首を傾げる。紅茶が合わないのが言い出し辛かったんだろうか。最低限容れられても種類とかはさっぱりだ。

「紅茶容れられる?」


記憶はなくても潜在的に覚えていることはある。それは僕自身がよくわかっていること。体が自然と覚えていることもあるのではないかと思いラクスに紅茶を容れてもらうことにした。
最初はじっと見るだけだったのが始めてみると手慣れたものだった。

「うん、いつもの味」
「そうですか?」

そう言うとラクスはどこか嬉しそうだ。再び凝視される。

「何か気になるなら言ってよ。戻るかもしれないし」

ラクスに幼くなっていることは教えていない。記憶喪失だということだけ。
ラクスは顔を逸らし自分がいれた紅茶が注がれたカップを見つめた。

「……私とアウルが恋人というのが実感がなくて」
「不満?」
「いえ、むしろ私が貴方に何かできるのかと思いましたの。こんな小さな私が」

声が落ちていて少し珍しく思う。最初ラクスはここで目が覚めたらしい。そして外へ出た。海に向かって歌っていた。

「不安なんだ?」
「そうですわね」

困ったような表情を見せる。歌で伝えられるのではないかとラクスは小さな頃から歌っていたと話していた。さっきはどうして歌っていたのか。

「恋人だろ。お互いそばにいないと不安になる」

小さな手を握る。いつもより小さな手。

「さっきラクスの歌が聞こえて安心した。ラクスがそこにいて僕を見てくれて良かった。僕を知らない、僕が知らないラクスで不安になったけどね」

見上げてくるラクス。手が握り返された。

「思い出したいですわ。私の知る貴方を」
「思い出しさなくてもこれから知ればいいよ」

ラクスは少し驚いたようだったけれど笑みを浮かべてくれた。

「ありがとうございます、アウル」

それからお互いの好みを話したり部屋を教えた。ラクスの部屋にあるものはラクスの好みのものばかりで知らないのに自分の部屋だとわかると笑っていた。
それから僕の部屋で共に寝た。
朝目覚めるといつもの風景。

「アウル、紅茶を容れてくれますか?」
「うん」

いつもは言われない言葉に頷いた。



H27.2.11



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