I pray to stop my cry【静かな夜に編】


 


―いつも叫んでいる
誰にもきこえないようにいつも……叫んでいる
だから誰も気づかない
けれど―


「まあ、先日もいただきましたのにまたもらってよろしいんですか?」
「はい。迷惑ならいいんですが……」

ラクス邸を訪ねたアスラン。手には紺色の『ハロ』がいる。それを嬉しそうにうけとるラクス。

「迷惑なんて事ありませんわ、でも……」

少し思い詰めたような顔をする。

「どうかされたんですか!?」

さっきの笑顔とはうらはらに思い詰めてしまったラクスを心配するアスラン。

「先日いただいた『ハロ』には“ハロちゃん”と名付けてしまったのでこの子の名前は何にしたらいいのでしょうか?」

ちょっとコケるアスラン。なんとも彼女らしい考えだと思いつつ真面目に考える。

「そうだ、色の名前にするのはどうでしょう?」

その言葉を聞きパァッと明るい顔になるラクス。

「そうですわね、では先日いただいた『ハロ』が“ピンクちゃん”で今いただいたこの子は“ネイビーちゃん”にしましょう。あ、そういえばまだお茶をお出ししてませんでしたね。オカピー!」

すぐに帰ろうと思っていたアスランだがそんな彼女のテンポに流されお茶をもらうことにした。

「さて、今日はどうしましょう?」

にっこり微笑むラクス。

「えっ?あ、いえ、あの……」

一方アスランは何をしたらいいのかわからずしどろもどろになっていた。

「婚約してると言ってもお互い何も知りませんから何かお互いに質問しましょうか?」

名案といわんばかりに両手を胸の前で合わせるラクス。ハロも名案だと思ったのかテーブルの周りで飛びはねる。

「では、私から質問しますね。アスランは今まで男女交際経験はおありなのでしょうか?」
「ブッ!……へ?」
「あらあら、まあまあ。お嫌いでした、アップルティー?」
「い、いえ、そんな事はないんですけど、なぜその、交際経験なんですか?」
「やはり婚約者の男女経験は知っておく必要がありますでしょ?」

さらりと現実的な事を言うラクスにびっくりするアスラン。観念したように言う。

「僕は……ないです。ラクスは?」
「ありませんわ。あまり外には出ませんので出会いがありませんの。」

まずい事を聞いてしまったかと思うアスラン。しかしラクスは何事もなかったようにいろんな質問をし、笑い、話した。やがて時間は過ぎアスランが帰宅する時となった。

「夕食も召し上がっていけばよろしいのに……」

玄関前で寂しそうにするラクス。
「いえ、家で母が待ってるかもしれないので」

ドアを開け帰ろうとするアスラン。

「アスラン!」

ラクスがめずらしく大きな声を出し呼びとめる。振り返るアスラン。

「……あの?」

アスランは戸惑った。ラクスは目を瞑りアスランに顔を向けているのだ。最初はどうしたらいいのかわからなかったアスランも少ししてようやくわかり頬を赤らめる。意を決したようにラクスの方に手をかけ彼女の唇に自分の唇を近づけていく。

「では、また来ます。」

ドアが閉まりへたりこむラクス。

「なんで口にではなく頬になさったのでしょう?」



その後、アスランは何回かラクス邸を訪れラクスと会っていた。だが、帰りにする抱擁は口にではなく頬止まりだった。不思議に思ったラクスは思いきってアスランに聞いてみる事にした。

「え?なぜ頬にするのか、ですか?」

恥ずかしそうに言うアスラン。ラクスの瞳はアスランをじっと見つめてるからなおさらだ。

「それは、そのですね、やはりキスというものは好きな人にするのが正しいのであって、なんて言えばいいんでしょう……うぅ〜」

考え込むアスラン。その言葉を聞きラクスの胸が痛む。

「アスランは私の事…好きではないのですね。」

いつも上を向きにこやかに話す彼女がめずらしく下を向きながら話す。

「そういうわけでは!?」
「ではして下さい!!」

アスランの言葉が言い終わらないうちにキッとした瞳でアスランを見ながら遮って言うラクス。

「それはできません。今日はこれで帰ります」

帰ろうとするアスラン。ひどくあせるラクス。立ち上がり玄関へ向かうアスランを追いかけ思いきり抱きつきキスをする。

「……っ!?ラクス!?」

何か言いたげだったがそのまま何も言わず立ち去っていくアスラン。ラクスは呆然と立ちつくし玄関のドアが閉まる音と同時に泣き崩れた。
“彼はもう来ない”
そう思ったから。



その夜、ラクスはテラスに立っていた。ピンクとネイビーのハロを連れて。

「もうアスランは来て下さらないのかしら……?」

ピンクハロをつっつきながら独り言のように呟く。

「私、いつのまにかあの方に惹かれていたのね。……よくわからない気持ち。やってはいけない事だとわかってるのにやってしまう。あの人の目には私はどう映っていたのかしら」


それから数日後、アスランからハロが届いた。手紙も何も入っていなかったけれどまだ彼とはつながっていられる。そう思えるだけでラクスは幸せだった。それから不定期にハロが送られてくる。


それから約一年後。運命は狂ったのか、それとも廻り始めたのか“血のバレンタイン”が起こる。これでアスランの母は死にアスランが志願したとラクスは聞かされた。


アスランが志願して数日、あの日以来にアスランがラクス邸へと訪れた。

「……お久しぶりです。ラクス」
「お久しぶりですわね、アスラン」

何事もなかったようにお互い接する。そして一番聞きたくない言葉をラクスは聞かされた。

「しばらくこちらに戻ってこられそうにないんです。」

その言葉が耳なりのように聞こえてうるさいと感じた。平静を装うラクス。

「そう、なのですか。寂しくなりますわね。戻って来た時には訪ねて下さ……」

ラクスは気づかぬうちに泣いていた。顔はいつもの笑顔なのに涙が溢れんばかりに出ている。

「ラクス!?」
「何でもありませんわ。……行かないで下さい」

平静を装い続けようと努めても努めきれず心の奥底の気持ちが出てしまう。

「行かないで下さい!行ってしまったら私の事これ以上知ってもらえなくなります。そしたらあなたは……」
「ラクス!」

アスランはラクスを強く…強く抱きしめた。細く華奢なラクスを壊さんとばかりに抱きしめた。

「今は行かせて下さい。必ず戻ってきてまたここに訪ねます。そしたらまた色々話して下さい。……すみません」

そう言ってアスランはラクスに優しくキスをした。頬にではなく口に。そして一礼して出ていった。ラクスは何も考えられず涙を流していた。



たくさんのハロがいる部屋でラクスは呟く。

「遠く離れていてもあの方のお役にたちたい。お役にたてなくてもせめて祈り続けたい。無事であるように。静かな夜に帰ってこられるように……」

ラクスは唄った。祈り続けた。戦争が早く終わるようにできるだけ死ぬ人がでないように。戦う目的を見失う人が多ければ多いほど戦争は終わらず人はただ死ぬだけだから。たとえ唄い、祈る事が自分の“叫び”を止めるためのものだったとしても。


―誰かに見つめられていたい、必要とされていたいと“叫んでた”
でも今はあなただけを見つめていたい
許されるなら見つめ続けたい
いつかこの胸が壊れてしまう日まで―


H14



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