あの日の君へ
「楽しいですわね、アスラン!」
「は、はい」
今の状況に戸惑いながら答える。
楽しくないわけでも嫌なわけでもない。
いつもの通りラクスの元へ行くと、待ち受けていたラクスにこれまた待ち受けていた車に押し込まれて連れてこられた。
見渡すかぎりの野原。
そんなに車は走らせてないはずなのにこんなところもあるものなのか。
「帰りは電話すれば迎えに来て下さいますから大丈夫ですわ」
一応ラクスの立場からこんなところにいるべきではない気がする。警護も俺一人のようだし。
「アスラン?」
座りこんでいる俺をラクスが覗きこんでくる。
「そうですわ」
間もなく何か思いついたようにラクスは持ってきていたハンドバックを開けた。
「それは?」
「シャボン玉をするために来たんです」
「へ?」
俺の間抜けな返答は立ち上がったラクスには聞こえなかったようだった。
見覚えのある小さなプラスチックの容器にストロー。
昔を思い出す。
クライン邸を訪れて、思いつきで作ったらラクスは凄く喜んでくれた。
もうあの場所はない。
「できましたわ」
声に我に返り、見上げる。
綺麗な球体が空に浮かんでいた。すぐにいくつかの球体ができて見えなくなる。
飛んでいったからなのか、はじけてしまったから見えなくなったのかはわからない。
「ごめんなさい」
「え?」
先程まで笑顔だったラクスの横顔は曇っていた。
どうして謝られたのかわからないでいるとこちらに視線が向けられた。
「本当はアスランの息抜きにと思ったのに、結局私が来たかっただけなんです」
俺の事だと気にしなくていいのに。
“アスラン”
気にしなくていいと口にしようとしたら名前を呼ばれた。
でも目の前のラクスからではない。
あの場所で過ごした少女からの呼びかけのような気がした。
あの時と同じようにしても変わってしまったものはたくさんあるんだろう。
立場とあの時以上に難しくなり、時に迷う。
それでもここにいるのは……。
「俺も来たかったです。ラクスとずっと来たい。行きたい」
少し驚いたような彼女の表情に気恥ずかしくなる。
あの日の君もずっと俺を見ていてくれた。なのに言えなかった。
「戻ろう」
立ち上がり、手を差し出すとラクスは微笑んだ。
あの日の君と今同じ場所にいる。
先は見えなくても君は消えない。
あの場所のように消えてしまうと閉じ込めた君と歩き出す。
それははじけて見えた君。
変わらないものはあると、二人いればあの場所になるのだから。
H22.1.7
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