そしてずっと見ていくこの微笑みを


 


目を開けたらどこかで見た天井があった。

「……っ!?」

起きぬけでぼやけていた意識がすぐにはっきりとすると勢いよく身体を起こした。
身体は柔らかいベッドに置いたまま見回すとやはりそこは知っている場所だった。
いや、知っていたというべきなんだろうか。
数度だけ入った事があったがよく覚えていた。

「あらあら、起きましたの?」

扉が開くとこの部屋の主が入ってきた。
その姿にもまた驚く。

「ラっ、ラクス!?」
「はい」

桃色の髪に穏やかな微笑み。その人は確かにラクスだ。
しかし俺の知る彼女よりも幼かった。
そもそもここはクライン邸の彼女の部屋だ。もうクライン邸はない。
なのに何故?

「どこか痛いのですか?」

頭を抱えそうになっていると幼いラクスがとことこと歩いてきて頬に軽く触れた。
その仕草があまりに彼女らしくて安心する。

「会ってこんな事を聞くのも失礼ですが貴女はいくつですか?」

俺の質問にラクスは不思議そうな表情をするがすぐに微笑んだ。

「今日で8歳になりましわ」
「そうですか……今日で?」

対応からわかっていたがこのラクスは俺を知らない。
つまり俺と会う前のラクスだ。

「はい。今日が誕生日ですの」

そうだ。
明日はラクスと約束をしていて、注文した花束を取りに行くから待ち合わせよりも早く出ていこうと思っていたんだ。
そして就寝した、はずだ。
なのに何故起きたらこんな事になってるんだ?

「そうか」
「……?」

俺が一人勝手に納得しているとラクスは首を傾げる。
これは夢なんだ。
昨日ラクスから昔の誕生日の出来事を聞いていたからこんな夢を見たに違いない。

「大丈夫ですか?まだ寝ていたほうが」
「紙と書く物と折り紙を持ってきてもらえますか?」



『祝ってもらうのは凄く嬉しかったんです。でも準備には参加できなくて、その間は一人で淋しかったですわ。小さい頃の話ですけど』

そう言って笑うラクスは過去の自分の気持ちを思い出したのか淋しそうだった。

「うまいな」
「はい。本を見て何回か折りましたから」

テーブルの上で紙のチューリップを作りながらラクスの手元を見た。
敬語でないのはラクスからの申し出だった。小さいラクスとはいえやはりラクスはラクスだから慣れない。
誕生日パーティーの準備が終わるまでこの部屋の飾りつけをしようと提案した。
夢ならいいだろう。これぐらい。
ラクスを一人にしたくはないし、誕生日の話を聞いたばかりだから余計強く思った。
気丈に振る舞っていても女の子なんだ。

「それは俺が貼るよ。ラクスじゃ危ないから」
「ありがとうございます」

ふわっと笑う彼女はとても可愛かった。
そうして飾りつけをしていく。折り紙を折ったり、紙に絵を書いたり。
たくさんの飾りつけを見ながら何かが足りないと感じた。

「どうしましたの?」
「いや、何かが……そうか」

何が足りないかわかるとピンクの折り紙を取り出す。

「風船ですか?」

しばし俺の手元を見ていたラクスが聞いてくる。
俺はその問いに笑みを浮かべてペンを取った。

「できた」
「まあ、可愛いですわね」

両手に紙の球体を乗せてラクスに差し出す。
ラクスは恐る恐る両手を差し出してきて、小さなその手に紙の球体を乗せた。
プレゼントした時からずっと大事にしてくれているハロ。
それが足りないと感じた物だった。

「これは何ですの?」

一瞬口にしかけて留まった。
夢に違いない。そう思ってるのに言ってはいけない気がした。
だってそれを言うのは過去の俺であり、彼女がこれから出会う俺なのだから。

「内緒かな」
「そうなのですか。残念ですわ」

残念そうに紙の球体を見つめる彼女。
そんな彼女の髪を撫でようとした瞬間だった。

「あれ……?」

視界が歪み、ぼやける。
ラクスが気付いて驚いた表情をした。そして何かを叫んでいる。
彼女から俺はどんな風に見えているのだろう。

それがわかる事はなく、俺の意識は途切れた。



不思議な夢だったな。
そう思いながらラクスが容れてくれた紅茶を飲んだ。
あの後タイマーセットした電子音に起こされ、何事もなくいつもの時間に戻ってきた。
夢だったんだから当たり前だ。


「早く来るなんて珍しいですわね」
「そ、そうですか?」

いつも待ち合わせをした時間に遅くもなく早くもない時間に来るようにしていた。
なのに今日は起きてすぐに出かけ、花屋に寄りラクスの家を訪れた。待ち合わせよりも一時間早く。
早く会いたかった。

「ん?」

お茶菓子を並べるラクス。
ふと足元に何か当たった気がした。

「ハロ?」

そう言うとハロが跳びはねる。しかし俺が言ったのは足元にあるものを手にしたからだ。

「待っている間に作ったんです」

紙の球体にペンで線が描かれたそれはハロだった。
俺が夢の中の小さな彼女に作ったものと同じもの。
最初は驚いたが一息つくと笑っていた。
紙のハロをテーブルの上に置いて、本日二度目の言葉を口にした。

「誕生日、おめでとうございます」

小さな彼女には言えなかった言葉。
きっとこれからの俺が彼女に言う言葉。

「はい」

そしてずっと見ていくこの微笑みを。



H22.2.5




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