Trust me,trust you
「そうですか。残念ですわ」
宙に映し出される画面の中のラクスはそう口にしすぐに切り替えるように笑んだ。俺が気にしないようにだろう。以前よりは互いに口にはできるようになっていた。それでも気にさせたいわけではないし互いにやるべきことがあるのもわかっている。
「俺もです。ラクスの誕生日にはいつも予定が入って……」
話しながら婚約してから初めてのラクスの誕生日は忘れていたことが過り苦笑する。気づいたのはその次の年からラクスが祝われている記事を見かけてからだった。
「次お会いできるのを楽しみにしていますわ」
俺の思考を遮るように言われつい謝罪の言葉が出掛けていたのを見透かされてしまったようだ。
「はい。期待していて下さい」
ハードルを上げることを口にする。自分への鼓舞と謝罪ではない言葉を口にしたかった。
そうして通信を切りそういえばラクスから茶葉が届いていたことを思い出す。まだ次に会える段取りはついていないが肝心の贈り物の目処もついていない。何よりラクスの余韻に浸っていたかった。まだ次の予定まで時間はある。このほんの少しの時間だけでも。
紅茶は普段飲まなかったがラクスと会えることも少なく、やはりラクスと会うと紅茶でもてなされることが多かったためか思い出す。そうラクスに伝えるとティーセットをプレゼントしてくれた。俺でもすぐ容れられるようにと。
ポットに茶葉を入れたティーバッグをセットしお湯を入れる。カップに注ぐとほんのりと桃の香りがした。甘すぎず心地のいいどこかラクスを彷彿とさせる香り。入れて気づいたが紅茶ではないらしい。緑の液体に首を傾げる。ラクスの添えられた手紙にはいつもとは違う変わった茶だと書かれていた。
「少し苦い……?」
苦すぎないが飲んだことのない味で美味しかった。香りは桃で飲むと苦味がある。もう一口飲むと自然と口元に笑みが浮かぶ。
第一印象はふわふわしたお姫様のようだった。芯はしっかりしていて厳しい。それでいてふわりと穏やかな時間を訪れさせる雰囲気を持ち合わせる。
「……ん」
ラクスのようだなともう一口飲み香りを楽しむように息を吸うと眩暈がしてカップをテーブルに置いた。
気づいたときには暗転していた。桃の香りと口に残る苦味を感じながら意識を手放した。
一通りの書類に目を通し息を吐く。連絡の確認をしてみてもアスランの名はなかった。彼は不器用でそれでいて真面目。もっと話してくれたらいいのにと子供の頃や数年しても思ったものだけれど次第にそれが彼らしくて微笑ましくなっていった。それに以前よりも話すようになっている。だから今日まだ連絡がないのが気になってしまった。
「忙しいのかもしれませんわね」
今日は誕生日だった。祝いの品や言葉は沢山。嬉しくもあるが次第に務めのようにもなっていた。互いに忙しくなり父とも当日に会えることも少なくなり特別だった日は日常の一部となった。それでも特別を残してくれたのはアスランが一言でも連絡をくれることだった。あの彼が当日に連絡できなくても前もって手紙を当日に着くよう手配していたりと驚いた。そうしてハロのこともあり彼の性格が段々とわかっていった。
先日の会話を思い出しきっと忙しいのだと言い聞かせながら自分が思っていたよりもわがままになっているのに気がつき立ち上がった。
執務室から繋がる私室への扉を開けてとっておきの茶葉を取りに行く。アスランにも贈った珍しい茶葉を。
「あら……?」
すぐに棚の前によりかかるように座り込んでいる人が視界に入り一瞬警備へ連絡を入れかける。踵を返そうとした足を止めてゆっくりと踏み出した。
「アスラン?」
近づいていくと確信に代わり呼び掛けてみる。そこには眠っている子供がいてアスランにそっくりだった。初めて会った時よりも幼い。しかし面影はある。
屈み膝をついて顔を覗き込む。見れば見るほどアスランに似ていた。
「ん……」
頬に伸ばした指先が触れる前に睫毛が揺れた。上げられた瞼から見えたのは綺麗なグリーンの瞳。開かれた瞳が私を映す。
「ここは……」
「アスラン?」
まだ覚醒しきらない瞳に呼び掛けると訝しんだようで眉を寄せる。子供とはいえアスランならば知らない相手が名前を口にすればそういう態度をとるだろう。
「貴方はどうしてここにいるのですか?」
後ずさり距離をとる。近づけば更に警戒させてしまう。アスランによく似た少年は姿勢を正し片膝を立てた。
「わからない」
もしかしたら本当にアスランで今日連絡が来ないことと関係があるのかもしれない。それか夢か。
「……キラの知り合いですの」
「キラの?」
この年頃ならキラとは出会っていたはず。名を出されてのアスランの反応を見て予想は合っていたとわかる。
「キラからアスランのことを聞いていたんです。私もなぜ貴方がここにいるのかわかりませんが困っているのでしたら頼っていただけませんか?」
助けたいとは口にしない。断られてしまう可能性があるから。それでもしっかりと言葉にしないと彼には気づいてもらえない。ずっと接してきてすれ違いもありわかったことだった。
「手助け、してくれるんですか?」
「はい!」
膝を下ろし肩に入れていた力も抜けたようで全身から醸し出されていた拒否の意思表示は解かれた。敬語になりアスランらしさがかいまみえつい勢いよく返答してしまうと驚かせてしまったようだった。
「まずはお茶でもいかがですか?お話を聞かせてください」
立ち上がりそっと手を差し出すと小さな手が恐る恐るといった様子で置かれた。掴むことはせずに彼から立ち上がるのを待ち椅子へと案内する。
手早くお茶の用意をすると向かいの席に座った。飲もうとしていた茶葉はやめておいた。
少年は目の前にあるカップを見つめていた。わざと音を立ててカップをソーサーから持ち上げると顔が上がる。目を閉じて視線を合わせずにカップに口をつけゆっくりと飲んだ。すると微かに茶器の音がして薄く瞳を開けると少年がカップに口をつけたのが見えた。
「……温かくて美味しいです」
「よかったですわ。私はラクス・クラインです。よろしくお願いします」
「あ、アスラン・ザラです」
やはりアスランなのだろうか。最初にこの部屋で見せた警戒は薄れ紅茶も飲んでくれた。もしかしたらこれは私が誕生日に見ている夢なのではないかと思ってしまう。
「なんですか?」
「可愛らしくて」
正直に口にしてしまいムッとした表情を見てから口に手をあてても遅い。子供とはいえ男性に代わりはなくアスランなら尚更嬉しくはないだろう。
時間を見ると休憩をとるには少々長くとりすぎていたことに気がつき立ち上がる。
「少しお待たせしてしまいますが待っていてもらえますか?そしたら私の家へ行きましょう」
アスランは聞き分けのいい子供の手本のようにしっかりと頷いた。
「いつまで笑っているんですか」
自宅の私室へ戻り一息ついた頃、つい笑ってしまっていたのかアスランに指摘されてしまった。
「ふふ、楽しくて」
帰宅しようとしてアスランを建物外に出す方法を考えなければいけないことに気がついた。子供とはいえ突然現れたなどと信じてもらえるわけがない。アスランだと言っても信じてもらうどころか怪しまれてしまうためアスランから頼まれた知人の子供だと家の警備へは伝えた。そこまでの道中不安ながら何だか楽しくなってしまい辿りついてしまえば冒険したような気分になってしまう。アスランと一緒にこんなことができてしまうなんて何て楽しい一日だろう。
「今日誕生日なんですね」
「そうなんです。素敵な誕生日ですわ」
心の底からそう思い告げるとアスランは目を見張った。そのあとは少し呆れたような、けれど笑みを浮かべる。その表情は昔からよく見てきたもので何だかんだといいながら付き合ってくれるアスランを優しいと思ってきた表情だ。
「役職は上みたいですけどパーティーとかは……」
「昔からそういったものは苦手なんですの。立場上務めなのはわかってはいますし祝っていただけるのは嬉しいのですが父がなかなか来れなくなって」
言いかけて俯き加減で声も沈んでいっていることに気がつき顔を上げた。すると初めてアスランから近寄ってきてくれて目の前に佇み見上げられた。
「俺もなかなか父とは会えなくなりました。母も留守がちで今はキラの家によく行っていますが……」
「寂しいですわよね」
継ぐように言うとアスランは俯
いてしまう。まだレノア様が亡くなる前のアスラン。聞き分けのいい子供。それは私も同じだった。親を誇りに思い困らせたくない。けれど寂しいものは寂しい。
腰を落とし屈むとアスランと目線を合わせる。迷子のような表情をしているアスランの手をそっと握った。
「一緒にいてくださいますか?」
「……俺でよければ」
「アスランがいいんですわ」
握った手を取り両手で包み額につける。小さな手。私の知らない頃の彼。いつでもどんな貴方でも思っていますという思いを込めて歌う。幾度とない逢瀬で聞いてくれた歌。会えない時も届きますようにと歌っていた。そして届いていたと伝えてくれた歌。
「俺は音楽に詳しくはないですが癒されますね」
歌い終わるとそう言われ勢いよく顔を上げてしまった。初めて歌った時にも言ってくれた言葉。この言葉をきっかけに外で歌おうとシーゲル・クラインの娘としてではなくラクス・クラインとして人前へ出ていこうと決意した。私にできることをしていきたいと。
変なことを言ってしまったのかと戸惑いの色を見せる瞳に笑みを浮かべ額に額をつけた。
「ありがとうございます」
精一杯の賛辞に精一杯の感謝を伝えるように。
落ち着いたあとに寝支度を済ませベッドの前まで来るとアスランが頑なに首を横に振った。
「今晩だけですわ」
「駄目です。そんな妙齢の女性が子供とはいえ男と同衾するなんて」
物言いがアスランらしくて感心してしまう。ここで、ではベッドを使って下さいと言っても断られてしまうだろう。同衾は幾度もあると言うわけにもいかず申し訳ないが弱いところをつくしかない。
「寂しいんですの……」
「う……」
揺らいだのがわかりそっと屈み袖を摘まむ。
「誕生日に一人で寝て寂しいまま終わりたくないのです」
「……ラクスが寝たらベッドから出ます」
「はいっ」
先にベッドに入ると少し躊躇しながらアスランが入ってくる。これは夢なのだろう幸せな夢。ならばわがままを言ってもいいのではないかと無理を言ってしまった。アスランが少し困っているのがわかる。けれど嫌がっている様子がないのが救いだった。
「ラクス、近いです」
アスランが距離を取ろうとしているのを私が距離を詰め抱き締めてしまう。小さな身体は温かくていつも抱き締めてくれるアスランの香りがした。
「何だかあまいかおりがします」
「何もつけてないのですがお嫌ですか」
抱き締めた頭がゆるゆると振られ安心する。軽く背を撫で叩くと先に眠ってしまったのはアスランだった。次第に眠りに落ちていく。小さな身体を抱いて。
翌朝目覚めると予想通り小さな身体は腕の中にはなくいつもと変わらぬ一人きりの部屋だった。
「素敵な誕生日でしたわ」
たとえ夢でも愛する人に会えたのだから。私が出会う前の彼に。日常になりかけた日を特別にしてくれるのは、特別にし続けてくれるのは彼なのだと信じている。ずっと。
早朝車を飛ばして行き慣れつつある道を通り到着し訪問相手は伝えずにいてほしいと伝えエントランスで待っていた。花束を後ろに隠しても階段の上からは見えてしまうかもしれない。
何だか緊張してしまい視線をさ迷わせてしまう。ラクスの誕生日まであっという間であの日眩暈がしたものの起きると頭はすっきりしていて何事もなかった。スケジュール調整をし何とかラクスの誕生日の翌日には訪問できるとわかったのはぎりぎりでならば驚かせようと連絡をせずに来てしまった。当日の連絡は迷ったが翌日に訪問することを隠しきれる自信がなく連絡はやめておいた。
機内で目が覚めると無性にあることをお願いしたくなり、しかし誕生日だが言ってもいいものかと落ち着かなくなる。
「アスラン!?」
「ラクス、朝早くすみません」
俺の姿を確認したラクスが驚いた声をあげて階段を降りてきた。ラクスの姿を正面に捉えると安堵してしまった。何だかこの目線がしっくりきてしまう。ずっと変わらないのになぜだろう。
「誕生日おめでとうございます」
花束を差し出す。ラクスは満面の笑顔でお礼を言いながら花束を受け取り胸いっぱいに抱えた。
「それでなんですが」
「はい」
頭に響く歌声。ずっとずっと聞いてきた声。共に在った存在。昔から言いかけては言わずにいたことは沢山あった。それは次第に変化していった。だから口を開く。意を決して。愛の告白をするように。
「ラクスの歌を聞かせて下さい」
笑顔が驚きに変わり見つめ合う。つい謝罪の言葉が出掛けるとラクスの人差し指が唇にあてられた。
「聞きたいと言ってくれたことが嬉しいプレゼントですわ」
そう言って人差し指が離れると歌声がこの空間に響き渡る。声しか聞けない時も姿を浮かべた。けれどやはりこうして近くで見ていたい。穏やかで暖かな空間。彼女は一瞬で俺を導いてくれる。彼女の歌声を信じ導かれてきた。これからもきっとそうなのだろう。
歌声が止んだら抱き締めよう。花のように咲き誇る彼女を。
H30.12.31
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