マーガレット
白いレースの手袋を彼女が外していくのを見つめていた。伏し目がちな視線が上がり目が合う。厳かな空間で彼女と見つめ合う。まるでしっかりと焼き付けろと言うように捉えるような瞳。胸の前に掲げられた両手には白のレースの手袋が纏われていた。純白で清廉な彼女にふさわしい白。柔らかくも凛としていて以前の俺が見てきた彼女。今はもうそれだけではないのだと知っている。纏うものであり、彼女自身がそう在ろうとしているのだと。左手を差し出す彼女の指先を引き、纏うレースの手袋を取り去っていく。強くあろうとする彼女の隣で強くあろうとする俺が贈った手袋。それを取り去るという儀式はまるで彼女が俺を受け入れてくれるような感覚だった。
ラクスの私室を訪れ一通り確認を終える。挙式まではまだ日があってもやることは沢山ありあっという間に過ぎ去ってしまいそうな予感がする。
「何だか仕事のようですわね」
タブレットを鞄にしまうと前方の机に座するラクスからそんな言葉が溢れ少し驚いてしまった。わかりやすく顔に出ていたのかラクスは俺を見つめながら首を傾げた。おかしなことは何も言っていない。俺も過ったことだ。
「意外と言うと失礼だがラクスから言われると意外だった」
「そうですか?」
ラクスは微笑みながら問い、俺は首を軽く横に振った。
「いや、意外でもないな。それは昔の俺からしたらだ。立場上仕方がないとはいえ事務的処理が多すぎて」
「二人だけの写真も撮りましょう」
色々とやりとりを飛ばしたような気がするが俺が言わんとしていることに気がついたように言われまた驚いてしまう。これも意外ではない。それだけの年月を経て互いを理解したからだ。自分のこともわからないのに誰かを理解しきれることはない。けれど互いの前だとはっきりと言える自分がいることに気がついた。ここに至るまでに色んなことがありすぎたが。だからこそなのだろう。
「近しい者だけ呼んで改めて挙げよう」
「はい」
生まれた時から立場はよくわかっていて、自分で選んではいても役職も伴侶も半ば決まっているような人生でありそれが使命なのだとまだ士官学校の頃に思っていた。大人になると億劫だと思っても割りきる。それが立場だからだ。挙式は大々的に行われ催し物状態。やることが多く多少は思い描いた結婚とは違っていた。割りきりながらラクスと同意見であり別日に設けられるならここからまた事務的な色々も乗り越えられるだろう。
「それじゃあ今日はこれで。あの、ラクス」
「はい」
椅子から立ち上がり聞こうとしていたことを最後に何とか切り出そうとする。
「……次は何かお茶菓子でも持参します」
「楽しみにしてますわ」
空になったティーカップに視線をやり、その場をあとにした。
すぐにラクスの誕生日がきてしまう。何か欲しいものはないかと聞きたかったのにそれだけは切り出せなかった。やはり自分で考えたプレゼントのほうがいいのではないかという考えが邪魔をして。
「どうするか」
ドアの前から動かないままで呟いて歩き出した。
「準備大変だろ?」
「そうですわね。私よりもアスランの方が対応に追われてますわ」
カガリさんからの定期的な連絡とは別の友人としての連絡。多少長く話してもいいようにモニター前に互いにお茶とお菓子を用意して、今度お菓子を持っていくなんて話もする。気兼ねなく話せる数少ない友人との雑談に心休まる。
「結婚式もだけど誕生日ももうすぐだな。キラと一緒に贈るから楽しみにしてろよ」
「はい」
「アスランには何を貰うんだ?」
「アスランから、ですか?」
自分の誕生日がそういえば近づいていたのだと実感すると突然の問いに疑問で返す。私の様子にカガリさんは何やら失言したような反応を見せて両手を振った。
「な、なんでも……悩んでたみたいでラクスに聞いてみるって話してたから」
「そうでしたの。もしかしたら先日言おうとしていたのかもしれませんわ」
気になる点があったのですぐに思い当たる。言おうとしていたことを変えたような反応。花束を貰うことが多く、近年は物になっていた。どれも嬉しくずっと眺めていたくなってしまう。不器用なあの人が一生懸命私が喜ぶものをと考えてくれた品。喜ばないわけがない。真面目すぎる彼が悩んで悩んで選んでくれる。
「結局聞かないことにしたのか」
「そうみたいですわね。聞いていただいても良かったのですがアスランですから」
「ああ、生真面目すぎるあいつらしいな」
自分で考えた贈り物のほうがいいと考えたのだろう。彼が選んだのなら私はその日を待ち望む。
「それで僕に聞くのもどうかと思う。この前ラクスに直接聞いてみるって言ってたじゃないか」
自宅に戻りキラに連絡してかいつまんで話すとモニターに映るキラは呆れた顔をしながら言った。
「本人に聞くのは反則だろう」
「そんな付き合いたてのカップルならまだしも長い付き合いで……アスランだからなぁ」
「何だそれは」
「君のいいところだよねって話。挙式まで少しあるけど挙式に関連したプレゼントにでもしてみたら?」
「なるほど、ドレスとかか」
「ドレスはさすがに……指輪以外の身に付けるものを選んであげたりとか」
キラのアドバイスは的確だった。時期的にもまだドレス等デザイン段階。挙式は滅多にない。
「手袋、とか」
「いいね。レース縫ったりしてみたら?」
「調べてみる。ありがとう、キラ」
「どういたしまして。健闘を祈るよ」
そうしてモニターは消えた。会話の流れで漠然と手袋が浮かんだ。指輪をはめて誓う工程の前段階は手袋を取ること。その指にはめるのならば、脱がすのも、纏うのも俺でありたいと思った。でもそれは果たして誕生日プレゼントになりえるのか?俺が喜ぶものではないだろうか。
「これ以外はもう考えられそうにないし……」
思案した結果手袋のままにすることにした。ラクスが纏うことを浮かべながら調べていく。
そうして材料を揃え、練習をしたあとにラクスに贈る挙式用の手袋を作成していった。白いレースをあしらってシンプルだが所々の刺繍は細かく、清廉な彼女をイメージして。
ぎりぎりまで練り作業をしていくとラクスの誕生日まであっという間だった。
「誕生日おめでとう、ラクス」
「ありがとうございます、アスラン」
私室へやってきたアスランはバラの花束を携えて祝ってくれた。受け取り机の上に置く。花瓶を取りに行こうとするとアスランに手を掴まれ立ち止まった。
「ラクス、プレゼントがあるんだ」
アスランの言葉に何を贈ってくれるのだろうと浮き足立っていた気持ちが鼓動を速めるようだった。真剣な眼差しに手を離され向き直る。
上着のポケットから包みを取りだし広げると真っ白でレースと刺繍があしらわれた手袋が一対あった。顔を見上げるとアスランはふっと笑みを浮かべて一対を手にし包みを上着に戻すと屈んだ。
「ラクス」
片膝をつくアスランを追うように見つめていると片方の手袋を差し出すようにし、呼び掛けられる。それは右手で差し出すとはめられていく。左手も差し出すとそっと薬指に触れられる。その動作に胸が高鳴る。
「挙式にこの手袋をしてほしい」
「……はい」
左手に手袋をはめおえると真っ直ぐな視線を向けられ告げられ、噛み締めるように手袋を纏う両手を胸に押さえつけて頷いた。
「ラクスへのプレゼントのはずなのに、誓いの指輪をはめる手を纏うのも脱がせるのも俺でありたいと思った。プレゼントにかこつけた俺のわがままだ」
「いいえ、私が私として誓うのですから嬉しいです」
涙が溢れそうで堪えて笑みを浮かべるとアスランは立ち上がり腰に手を添えると頬を撫でた。安心のする温もりに堪えきれなくなった涙が頬を伝う。涙は落ちずに愛しい人の指が拭ってくれた。
沢山の観衆と撮影機材に映される中、アスランだけを見つめる。私の左手から取り去った手袋。それは私の誕生日にアスランが贈ってくれた大切なもので私達にしかあの時はわからない。アスランもあの日を想ったのか優しい笑みを浮かべる。私達だけの時。それが今の誓いの場でも浸透して指輪をはめあう。
胸を満たすものは確かに愛で、これまでもこれからも彼と生きていきたい。
愛してるを伝え合い、何があっても離さない離れないと誓い合う。
R3.2.5
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