生まれる水にいつかの光が…


 


「アスラン、何か欲しい物ある?」
「……別に」

友人であるキラの問いかけにアスランはそっけなく答えた。
実際特に欲しい物はなかったのもある、それと同時にキラと話す事がアスランには苦痛でならなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


“さようなら、アスラン”

思いを伝えたい人にそう告げられた。
叶わなくてもいい。
ただ自分の思いを知ってもらえれば。でも彼女に伝える事さえ拒まれた。
歩いて、止まって、座り込んで。気がつけば雨が体を打ち体温が下がっていくのがわかった。
それでも帰りたくはなかった。“帰る”場所などないと思い知らされるようで。

「ほぁら〜」
「……猫?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ただいま、っと、わっ」

家に入るなり小さな固まりが体に突進してきたため、アスランはバランスを崩し後ろに倒れた。

「全く……おまえの出迎えはいつもそうだな」
「ほぁら〜」

悪気もないようにぺろぺろと顔を舐められくすぐったいためかアスランは笑いだした。
猫を拾った。
変な鳴き声のもこもことした小猫。
そいつはあたかも俺を探していたかのように雨の中すり寄ってきた。
ただ暖かみを求めていたからかもしれない。
ただ飢えていたからかもしれない。
それでも俺はこの猫を拾いいつの間にか可愛がっていた。

「そうか、明後日か」

キラに欲しい物を聞かれアスランは自分の誕生日に気がついた。
もしかしたら明後日その歳になれば結婚していたかもしれない。

「ほぁら?」

下から覗き見られ思わず顔を逸らしてしまう。
猫は何も知らないはずなのに何もかも見透かしているようで……そう思った事からの行動だ。

「毎日出かけるんだな。暗くなる前に戻れよ」

玄関に向かう猫に話しかけながらも扉を開けてやる。
猫はまるで笑いかけるように鳴くとたっと早足でどこかに向かって行った。

「……買い物にでも行くか」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「待って!それを返して下さい!」

何かを追いかけ町中をラクスは走っていた。
ラクスの先には一匹の猫がひらすら走っている。その猫の口には写真がくわえられていた。
そして大通りへと出る。ラクスと猫の間はかなり空きいていた。猫は大通りに出るとゆっくりと止まりきょろきょろと上を見渡す。
そして再び走り出す。

「おまえ、何でこんな所にっ……」

猫の視線の先には飼い主のアスランがいた。
飼い主が驚いてる顔をしていても猫は道路を横断しようと飛び出す。

「もとから 」

車の音でアスランの言葉は猫には聞こえない。
それでも猫は飼い主へと。飼い主は猫へと。

「ここ、は?」

目を開けるとそこには白く殺風景な天井があった。どうやらどこかの病室にいるようだ。
身を起こすと扉の側に誰かが立っていた事に気がついた。側には寄らず、でも離れてもいかず。

「アスラン」

目が合うと呼びかけられ反射的に体が強ばるのがわかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


今日が何日かはわからなかった。外に出ると辺りは暗かったが意識を失っていた時間が短かかったのか長かったのかはわからない。

「今は……もうこんな時間か」

ラクスに連れ出され何も言わず聞かずで病院の近くにある公園に来た。
しかしラクスは何も言わずアスランから離れどこかに行ってしまった。

「……待ってろ、という事なのか」

時間を確認するともうすぐで日付が変わるという時間だった。

「ラクス……?」

人影が現れ、呼びかけるとラクスは悲しそうに布を抱いていた。

「っ!?」

近寄り布を確認すると布にくるまれていたのはあの小猫だった。

「アスランを……」
「庇うはずが庇われるなんて……どれだけ俺は傷つけ」

言葉を続けられずアスランは声を殺しながら俯いた。
ラクスの腕の中で安らかに眠っている小猫。暖かみをなくし鳴き声を聞く事さえ叶わない。

「アスラン自身が埋葬なさった方がいいと思いますから……」

だから布にくるみアスランの目覚めを待っていた。決して自分のためではない。猫のためなんだ。都合のいい期待は捨てなければならない。
こんな時でさえそんな事を考えている自分に嫌気がさす。暖かく自分にすりよってきた猫が冷たくなっているのに、自分のせいなのに。

「ありがとうございます」

布と共に受け取るとアスランは公園の出口に向かった。
その重みがまたひどく痛くて泣きたくなる。

「アスラン、どちらへ行かれますの?」
「家へ……そこに埋めてやりたいんです」

ラクスに振り返りそう告げたアスランの表情はひどく穏やかだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「猫さんのお名前は?」
「どうして、ですか?」

名前を書く物なんてないのに聞いてきたラクスにアスランは不思議に思い聞き返した。

「消えてしまいますが砂の上に……名前は大事な物ですから」
「……付けてなかったんです」

取り繕って今考えて名前を言うこともできたであろう。でもそんな事はしたくなかった。

「飼い主として失格ですよね」

アスランは地面に視線を移し虚ろに笑う。

「私のせいなんです」
「え?」

横にいたラクスが突然立ち上がる。それでもアスランはラクスに視線を移す事はできなかった。

「少し前からあの猫さんと会っていたんです。何となく公園に行くといつも会いに来てくれるように現れたんです」
「それがなぜラクスのせいなんですか?」

だから毎日外へ出かけていたのかと思うがそれが何だというのだとも思った。

「私が持っていた写真を猫さんが持って行ってしまって……それで追いかけたんです。無理に取り返そうとしなければこんな事には」

その言葉を聞きアスランはやっとラクスの顔を見た。
瞳を強く閉じ、泣くのを我慢しているかのように見える。泣く資格などないと。それが自分と重なって見えた。

「……俺のせいです」
「違」
「その写真を俺に見せようとしたんです……きっと。だから」

真っ直ぐ向かって来たんだ。
ラクスは一枚の写真を取り出すとアスランに差し出した。

「これは……」

手に取り見ると写真の端には赤い染みがついていた。まだ真新しくそれがいつついたものかすぐにわかる。
それと同時に映っているものに驚いた。珍しいものだとか貴重なものだとかではない。
その写真を持っている事に驚いたのだ。

「……ずっと大切にしてるものなんです」

その写真には少し幼いアスランとラクスが映っていた。
アスランはぎこちなく立ち、ラクスはそんなアスランの横で笑っている。

「名前……タイムはいかがですか?」
「え?」

写真に見入っていると突然そんな言葉を言うラクス。アスランは少し戸惑うが何となく意味がわかった……気がした。
何も言わずアスランは砂の上に人差し指を置いた。するとひんやりとした手が重なった。

「一緒に書いてもよろしいですか?」

ずっと外にいるせいか手は冷たかった。それでもアスランには暖かさの何ものでもなく消え入りそうな声で返事をした。
二人はほぼ同時に立ち上がるが視線は地面のままだった。
すると地面を照らすように辺りが明るくなり砂に書いた字がはっきりと見える。

「夜明け……」

目映い光をうっすらと目にいれながらアスランは呟いた。
寒さが切なさを誘う気がする。それは隣にいるのが彼女だからだろうか。
晴れているのに雨が降り出した。普通の雨とは何かが違う。寂しいと言うより清々しく思える。
振り返るといつの間にか自分と少し離れているラクスが視界に入った。
雨が光に反射して彼女が見えなくなるようだ。

「一年後の明日、貴方と共にいたいと願う私はわがままなのでしょうか?」

耳を疑うような言葉が聞こえた。
反射してはっきりと見えなかった彼女がはっきりと見えた気がする。その反射がより彼女を魅せてくれる。目が離せないほどに。

「今の私には貴方に言える言葉がありません。それでも未来に、一瞬の後にでも期待してしまう私は愚かですか?」

考えることはできなかった。それでも抱きしめたいのに駄目だと何かが告げた。
何も始まっていない。何も終わっていない。
そう、まだ何も君に伝えられていない。
決めるのは自身だと、望みは高くても気持ちは……。

「ラクス」


ただ両腕を広げ
呼びかけるしかできない
目指すものは
きっと何よりも高い
それでも気持ちは……
気持ちがなければ
何も見えなくなる
期待が愚かだと言われても
それが糧だから
いつの日か……

一瞬後の未来にさえ
夢見て
おめでとうと言われる日を
ありがとうと言える日を迎えたい


“お誕生日、おめでとうございます”

後ろから抱きしめられ聞いた言葉は嬉しいと共に切なくて、いつの間にか泣いていた。

“ありがとうございます”

目の前には時間が動き出したあの場所。

““名前、書””

同時に言い出し同時に言葉を止めた。
彼女の手を引きその場所に屈み、今度は彼女の人差し指が砂に触れる。
その手に俺は手を重ね文字を書いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「へぇ、ついに素でも猫なんだ」

猫はどこにいるんだというカガリの問いに自分を指さしたラクス。
その光景を見てキラはアスランに冷ややかな眼差しを送った。

「ど、どういう意味だ!」
「どういう意味も何も何も知らんかった娘っ子についに猫のしっぽがごとくアレを開花させたってわけや」

キラの答えにしては受け答えが明らかに変だった。言ってる事は多分アスランの目の前でぽかんとしているキラが考えてる事と同じだろうが。

「お前!?」
「ひっさしぶりやな〜。危うくカビ生えるかと思うたわ」

いつの間にいたのかアスランのすぐ横にはアスランにそっくりの少年がいた。

「まあピンクちゃん」

ラクスがその少年に気がつき駆け寄ってくる。

「あ〜あ、これで完璧にバレちゃうな」

キラがまずいという顔でアスランを見るがアスランは関西弁の少年に釘付けだった。

「ピンクちゃんって……まさか」
「昨日から見あたらず心配しましたわ」
「ごめんな〜。キラに二人っきりにさしたれ言われてな」

アスランの言葉はラクスの耳には入っていないよう。

「おい」

正体はどうであれラクスになれなれしく触るその少年に敵対心を持つ。

「なんや」
「ラクスに気安く触るな」

関西弁少年とラクスの間に入り込み威嚇するように睨みつける。
が、同じ顔の二人がどれだけ互いを威嚇しようが勝敗がつくはずがない(そしていつの間にか勝負になっている)。
ただ違うのは髪と瞳の色。言うなれば髪と瞳はラクスと同じ色なのだ。

「何か悔しいからお前の負けだ!いや、この色はラクスしか似合わない。だからお前の負けだ!」
「どんな理由だよ」

キラが密かにツッコむがアスランに聞こえるはずもない。

「仕方ない、今日はこれで帰るよ。カガリ行こう」
「あ、あぁ」
「いやや!まだいるんや〜」

状況を把握しきれていないカガリと駄々をこねるアスランそっくりな少年を連れて行き、家は静かになった。

「残念ですわ……あの姿のピンクちゃんはなかなか拝見できませんのに」

心底残念そうにするラクスに複雑な思いを持ちながらアスランはずっと気になる事を聞いた。

「どうして28日を29日だと錯覚させるようにしたんですか?」

アスランの問いにラクスはふっと優しく笑いかけ頬に口づけた。
ラクスはアスランの問いに答える気はないらしくにっこりと笑ったままだ。
問いつめる気もなく……むしろ初めから答えないとわかっていたようにアスランも笑みを浮かべた。

「でもどうしてアスランは戻し方がわかったんですの?」

キラにも聞かれたこの質問。ラクスの猫耳としっぽを引っ込める方法。

「……愛ゆえに」
「愛、ですか?」
「愛と健全たる理性が成した術です」

その答えにラクスは不思議がった。

「でも猫耳としっぽっていうのもいいですよね……しっぽの撫で方でラクスの啼き」

はっと我に返りラクスが顔を赤らめじぃーと見てるのがわかった。

「あ、はは」

渇いた笑いをしてみるがラクスの視線はズレない。
しばしの沈黙のあとラクスが恥ずかしそうに小声で呟くと、その場に押し倒されたんだとか。


−暖かくて冷たくて
そんな表裏一体な気持ち
切なささえも心地よく思えるのは
焦がれているから
誰かに囚われているから
時間は止める事はできない
戻る事もできない
それでも気持ちだけは
できるのかもしれない
気づかぬうちに
時間は止まる
ずっと気づかなければ
いいのかもしれない
それでも
進みたい場所は
その先にある
ありがとうと
名前さえ言えなかったキミに
ただ伝えたい
俺に会いに来てくれてありがとう
雨は冷たい
それでも
暖かい雨もあるかもしれない
生まれる水にいつかの光りが…そして朝日浴び、鈴が鳴る−


H16.11.2
H17.3.9




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