真実と嘘の間の貴方に


 


─交えても
混ざらない想いは
たくさんあるの─


「ミー……」

通路を歩いていると後ろから声が聞こえた。
振り向くと口を片手で押さえ、あたしに手を振っているシンがいた。

「機体の調整終わったの?」

こんな会話をしてるのが不思議。
少し前までは名前も知らなかった。
彼はあたしが“ミーア”だと知ってる。何故知ったのかは知らない。
あたしを怒って、殴ろうとして……でも抱き締めてくれた。
関係の名前はない。
ただあたしが縋ってるだけ。

「まだ終わってなかったんだけど、ミ……ラクスさんが倉庫に来たって聞いたから」

確かにMS倉庫に行った。
特に用事はなかったのに行ってしまった。
シンは忙しそうであたしに気がつくはずもなく、あたしは部屋に戻る途中だった。

「ふっ……ふふ」
「何か面白い事でもあった?」

あたしが笑い出した理由がわからないシンに向かってあたしは笑い続けた。
段々とムッとしてくるシンの表情が彼らしくて、可愛く思えた。

「あ……」

シンがあたしから視線をはずし、あたしの後ろに視線が向けられる。

「こんにちは、ラクス様」
「……こんにちは」

名前も知らない整備士が三人。シンとよく一緒にいるのを見掛ける二人はいない。
一人が挨拶をしてきて、返すとあとの二人は軽く会釈をして少し笑っていた。嫌な笑み。

「シン、ヨウランが今日はもうこっちでできるから休んでいいってさ」
「ああ、わかった」

シンがそう返すと三人は行ってしまった。こちらを振り返って何か言ってる。嫌な笑みに、嫌な感じ。

「きゃっ……なに?」

額を軽くつつかれて驚く。

「眉間に皺。可愛いけど怒ってるような表情は見せないほうがいいよ」
「……うん」

額を両手で押さえながら少し俯く。
“ラクス”はそんな顔をしないと言われたようで、何だか悲しくなった。

「それでなくても変な事言うやつがいるから……」
「え?」

顔をあげるとシンは少し怒ってるように思える表情をしていた。
一瞬だけで気のせいかと思った。
この時のシンの言葉の意味がわからなかったけど、すぐにわかる事になる。
倉庫に忘れ物をしたからと倉庫に戻っていったシン。
あとで部屋に行くと言われ自分の部屋に向かっていた。
食堂に近付くにつれ、にぎやかな声が聞こえてくる。自分には関係のない事でもにぎやかなのは好き。

「ラクス様も所詮女だよな」
「アスランがいなくなっても悲しみもしないで次はシンだぜ?」
「雰囲気が変わって近寄りやすくなっていいかなって思ったけど、あれじゃーなー」
「でもいくら何でも変わりすぎだろ。偽者なんじゃね?」
「それならいいなー。本物は変わらず天高い人で」
「言えてる。イメージ壊れたもんな」
「でも婚約者を殺した相手に笑いかけるなんてある意味ラクス様しかできないよ」

にぎやかな食堂。笑い声が通路まで響き渡る。


あたしは“ラクス”じゃないの?
どうしたら“ラクス”になれるの?
何かに縋っては駄目なの?頼っては駄目なの?
……好きになってはいけないの?


疑問ばかりが浮かぶ。答えは簡単。
あたしが“ラクス”じゃないからわからない。

「ごめん、遅くなって……ミーア?」

暗い部屋に開いたドアからの光が入る。
すぐに閉まってまた暗い部屋に戻る。
あたしはベッドに座り込み顔を俯かせていると、シンが近付いてきた。

「これ、預かってたのを部屋に取りに行ってたんだ」

差し出された球体。電源がついていないのか、静かな赤い球体。

「っ!ミーア?」

球体をはじき飛ばすような手で払うと、床へと落ちた。
シンは驚いているみたいだけど顔が見えないからわからない。

「ミー……」
「呼ばないで!嫌いな人に呼ばれたくないし、あたしはラクス・クラインなの!」

顔を上げずにベッドから降り、シンに背中を向ける。

「貴方はアスランを殺したの。だからあたしは貴方が憎い。殺したいぐらいに憎い。でもラクス・クラインは殺さない。だからあたしの前からいなくなって」

何も言わないシン。
何か言って。
何も言わないで。
しばらくの沈黙のあとドアが開く音がして閉まった。
振り返った時にはシンはいなくて、部屋は暗くて、ドアは閉まった瞬間で。
何も言葉は出なくても涙は零れた。
名前のない関係でも確かに繋がってたの。
美しい理想のあたしと嘘の醜いあたしを繋げてくれた貴方に。
貴方は真実でも嘘でもなく、あたしの中にいたの。
名前がないそこはわからない。


何度貴方に抱かれても
想いは
何とも混ざらず
あたしの中の
奥深くに落ちていくの
真実と嘘の間の貴方に
いつか
少しだけ
伝えられるように



H17.12.3




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