傷を治す一歩前


 


「いてっ」

裁縫針を人差し指に軽く刺してしまった。
作業していた手が止まってしまうとふと思う。

「何で縫いものしてるんだろう」

あの二人のやりとりを見ていて何であの人はうまく乗せられてるんだろうと思うけど、自分もうまく乗せられてしまっている事実。
何でとか言いながらこれしかないと思う自分もいて。
手元にあるそれはあとは綿の入れ口を閉じるだけ。



「シンが欲しい」

普通男が彼女に対して君が欲しいとかいうのはあるかと思う。俺は言わないけど。
それを自分の彼女が言い出した日にはどうすればいいのか。

「……具体的には?」

一応聞いてみる。

「耳つけて散歩するの」
「だから俺は犬じゃないって!」

冗談なんだか本気なんだかわからなくなってくる。何度となくしたやりとり。犬っぽいと言われるけどどのあたりが?

「ダメ?」
「だめとかじゃなくて……」

そんな小首傾げて聞くなんて卑怯だ。甘いとは思ってもこうされると弱い。

「じゃあ一日シンわんこ可愛がり券」
「繋がってるようで繋がってない」

ミーアはどうすればいいのよと言ってるがそれはこちらの台詞だ。
それじゃあ俺へのプレゼントっぽくないか?
可愛がられたいとかじゃなくて必然と触られたり撫でられたりするのは嬉しいというか。

「しょうがないわね」

そう言ってミーアが出した提案は俺を困らせるのに十分だった。
実は俺の反応見て楽しんでる……?



「それはおもしろ……じゃなくて、大変だね」
「言いかけた事に関してはツッコミません。だから何かいい案をください」
「シン、キラに頼らない方がいいぞ」

そうは言ってもいつも突飛な仕掛けをするキラさん以外に誰を頼ればいいのか教えてほしい。

「シンくんをあげたら?」
「それじゃあミーアが言った事をクリアできません」
「いや、わからないぞ。耳つけて恰好を……」
「そんなのでクリアしてもうれしくありません」
「そういう意味じゃなくてさ」

キラさんがおいでおいでと手招きをする。近づくと耳元で小さく話してくる。内緒話にする意味はないんだろうけど雰囲気なんだろう。

「は?」
「手づくりに勝るものはないよ!ここにいるアスラン大先生の十八番なんだから!」
「褒められてる気がしないんだが」

そうか。口下手であろうアスランさんがラクスさんと今でも飽きられ……もとい、一緒にいるのは手づくりなのか。

「わかりました。俺、言われたようにやってみます!」
時間はもうないと俺はお礼を言ってその場をあとにした。
「お前遊んでるだろ」
「そんな事ないよ。でも手先が器用だと思いたったらすぐにできるからいいよね」
「……シンって手先器用だったか?」
「え……?」



いざ挑戦してみたものの出来上がり間近なものの出来はいいとは言えない。

「コーディネーターでもこういうのへったくそなんだねー」
「は?あっ!?」

手にしていたものはいつのまにか消えていて、やはりいつのまにかいたアウルの手の中にあった。

「うるさいな。って、お、お前っ、何してるんだ?」
「何ってナニ」

まだ閉じていなかった綿の入れ口は閉じられていた。茶色いもので。



「ミーア、誕生日おめでとう」
「ありがと〜」

改めての祝いの言葉。
ミーアは言いながら両手を広げている。しかし俺の両手は後ろ。
動かない俺にミーアは両手を広げたまま待っている。

「あのさ、誕生日プレゼントなんだけど」
「うん」
「……俺って事で」

沈黙。
俺だって言って恥ずかしい。男が自分をあげるってどうなんだ。
でもよくよく考えれば作っていたものも物だった。

「何言ってるの、後ろに持ってるんでしょ?」
「そうだけど」

やっぱり逃れられないか。はじめのミーアの提案に乗っていればこんな事にはならなかったのに。

「笑うなよ」
「笑わない笑わない。微笑む」
「それじゃダメだ。っ!」

渋っている間に隠していたものをミーアに奪われてしまった。
ラッピングされた袋を手にして回るミーア。

「笑うなよ」
「笑うものなの?」

リボンをほどきながら問いに俺は答えられない。
そもそもマスコット人形という時点で俺に合わない。アウルにつけられたアレがあろうがなかろうが笑えるかもしれない。

「シン……」

ミーアの誕生日プレゼントに作っていたのは俺のマスコット人形だった。
キラさんいわく

“シンくんが欲しいならシンくん型人形をあげればいいんじゃない?”

だそうだ。

「あ!笑うなって言ったのに!」

中の人形を手にしてミーアはくすくすと笑った。
照れを隠すように怒る俺を見て口に手をあてて更に笑っている。

「犬じゃないって言ってたのに何で耳なの?」
「アウルにやられたんだよ」

はじめは普通の俺型マスコット人形のはずがアウルに垂れた犬耳をつけられてしまった。変にうまいから悔しい。

「ミーア?」
「ふふっ、すっごい驚いた」

ミーアの頬に人形が擦り寄せられる。いや、ミーアが人形に頬を擦り寄せてる?その光景が何だか余計照れる。
ミーアは驚くものが欲しいと言った。そんな事言われても難しくて、結局こうなった。
でも驚いてくれたのならよかった。

「シンがまさか自分型人形作るなんて。その光景見たかったな〜」
「絶対嫌だ」
「ずっと一緒に居てね」
「え?」

ミーアの言葉にどきりとするが人形が目に入り、人形に言ったのかと思う。

「シンもシン人形も」
「……俺が言う台詞な気もするんだけど」

作ってる間に針で刺した人差し指は痛んだけど、ミーアのそんな言葉や笑顔だけでいいものになってしまう。

「あとで絆創膏の下の傷舐めてあげる」
「い、いいよっ」

途中でつくった傷も彼女が治してしまうんだから。



H20.7.2




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