砕くは鮮やか、枷は色:2


 


─それはまだ
何故ここまで
来てしまったのかと
後悔する前
後悔なんて嫌いなのに─



「確かここらへんだよな」

昨日と同じ場所。気がつけば朝だった場所。僕がずっと寝ていた場所。
あの人はまだ来ていないみたいだ。
体を一回転させて見回してみても人影は見当たらない。
寂しい場所。

「こんなんで喜んでくれるかな」

手にしたカーディガンと共に手にされている透明なビニール袋。
中にはいくつかの折り鶴。

「……何で喜んで欲しいと思ってるんだろ」

当たり前みたいに折り鶴を作って持ってきた。
どうして名も知らない少女を喜ばせたいのか。喜んだとして何があるのか。

「ばっかみてー」

笑って言いながらも何故か楽しかった。
どんな顔するんだろとか何て言ってくれるんだろとか考えるだけで楽しかった。

「こんにちは」
「うわっ!?後ろから来んなよ、びっくりするだろ」

昨日といい今日といい後ろから現れた女性。昨日みたいに歌でも歌ってくれてたらびっくりしないのに。

「すみません」

と、謝りつつも僕の持つ袋に目を向けてくる。

「これ!昨日借りたやつ。これがお礼」

両手で借りたものとあげるものを差し出す。
大きな瞳でジッと折り鶴が入っている袋を見つめてくる。
何も言われず何か変な事をしたかと思うが、変な事には違いなかった。
折り鶴をあげて何になるというのだろう。

「わっ、何?」
「何故隠そうとなさるのですか?」

折り鶴が入った袋を持つ手を引っ込めようとすると手首を柔らかく掴まれた。
振り解く事なんて簡単なのにそう聞かれたのが何だか嬉しくてそのままにした。
引っ込める前に掴まれた手。どうして隠そうとしたのがわかったんだろう。

「可愛いですわね。私がいただいてもよろしいのですか?」
「……うん」

両手に持っていたものを彼女は受け取った。
袋を少し上に掲げて見つめながら微笑む。

「も、もう行かなきゃ」

どうしてかそんな言葉が出ていた。
思えばこの時の自分は何かを予想して、それを恐れていたのかもしれない。

「気をつけて帰って下さいね」
「うん」

もう帰ってもいいのに僕も彼女もその場から動かない。
僕を見送ってくれるのだろうと思うがやはり足は動かない。
ここから動いたらもう会えない。

「雨ですわね」

言われて空を見上げると先ほどまで晴れていた空が曇り、雨粒を降らし始めた。
僕に早く帰れと言っているように雨は増えて強くなっていく。

「よければこれを使って下さい。少しは違うと思いますから」

差し出されたのは返したカーディガン。僕の返答を待たずに頭の上からそれをかけられた。
柔らかい物腰で言ってはいえてもどうやらこの状態で帰れなければいけないらしい。
表情を見ればわかる。
“いらない”と言ってもこのままにするだろう。
だからもらっておく事にする。
命令だとか強制されるのは嫌いだけどこれは心地よい柔らかい強制だった。

「また、返しにくる。今度はいつ来れるかわからないけど」
「待ってますわ」

いつの間にか俯きかげんになっていて少し顔をあげる。
はっきりとした約束ではないけれどまた会える気がした。

「ここにいなければすぐ先の家に住んでますから、来てくだされば……あ、それはもらっていただいても」
「返しにくる」

それだけ言って別れの挨拶もなしに僕は走り出した。


「何だ、もうやみそうじゃん」

少し走ると陽が差しだし雨もやみはじめていた。
薄い虹のようなものが見える。色んな色があって綺麗だと思った。


雨は色を呼んだ
次第に色がつく世界
雨は僕を急かせた
行けと
色無き世界ではない世界へと
たとえすべてをこわしても


まだ気がつかない僕に誰か教えて下さい。
色をつけだしたのは僕だと。何もかもきっかけにすぎないのだと。
手にするものを捨てろと。
もう何も聞こえません。


「お前それを返しに行ったんじゃないのか?」
「あはは、持って帰ってきちゃった」

部屋に帰るとスティングが予想通りの台詞を言ってきた。
タオルをなげられ、雨で濡れた髪や体を拭く。

「で、また返しに行くようなんだろ?」
「そりゃあ貰っても困るし返しに行くよ」

スティングが嫌味かと思うほどでかいため息を吐く。

「2、3日は少なくても無理だからな」
「わかってる」

それはわかってた。
仮にも軍人なわけだししょっちゅう出掛けられるはずがない。

「まあネオに言えば任務にかこつけて出れるだろ」
「僕達、というかステラには特に甘いよね、あのおっさん」

部屋のドアが開きまさか本人かとドアの方を凝視する。

「アウル、おかえり」
「どっかでずっと見てんの?来るの早くね?」

いつも思うが僕が帰るとすぐにステラがやってくる。
スティングはスティングで部屋にいたり、いなくてもすぐに戻ってくるし。

「ずっとは見てない……何となくわかるの」
「アウルは騒がしいからな、戻るとわかるよな」
「わかるわけないじゃん!そこまで騒がしくないし」

こんな事は言いつつも出迎えてもらえるのは嬉しかったりする。
言ってはやらないけど。
「鶴、どうだった?」
「あ?あー、まー喜んでくれたかな」
ありがとなと言う意味をこめてステラの頭を2、3回軽く叩く。
ステラは嬉しそうに笑い何故か頷いた。

「次は何か……買って、手紙を書くの」
「はあ?」
「ステラなりのアドバイスじゃないか?どうせまた礼するつもりなんだろ?お前らしくないが」

一言余計なんだよと思うが口には出さず、考え込む。
いつ会えるかわからないけどだからこそ今度はちゃんとしたお礼をしたい。
でも……。

「手紙って何書くの?」
「お礼とか、その人の好きな所、自分が伝えたい事、これからも一緒にいてねって……ネオに書いたら喜んでくれた」
「まるで父親にあげる手紙みたいだな」

スティングの言葉にどきっとするが大丈夫。今は大丈夫。

「ステラみたいに書かないにしても手紙は書いてみようかなー」
「アウルっ。お前大丈夫か?」
「何がだよ!」



ステラのアドバイス……といえるのかどうかはわからないけど、何か買って手紙をつけて渡す事にした。
買い物なら一人で行かなければ行ける。問題は何を買うか。手紙の問題は書く時になったら考えるとして……。

「女性に何をあげた事があるか?」
「聞き返さなくていいからさっさと答えろよ」

手っ取り早く身近で女に何かあげてそうなネオに聞いてみた。

「はっは〜。思春期なんだねぇ、うんうん」
「嫌な笑み浮かべながら頭撫でんな!もういい」
「待て待て。何か身に付けられる物とかあげてみたらどうだ?」

ネオの言葉を真にうけたわけじゃないけど、アクセサリーを買う事にした。
時計でもよかったけど時計が好きではない。好きじゃないものをあげるのは嫌だった。

「アウル、決まったか?」
「ん〜まだ」

店に入って30分。
始めは黙っていたスティングも痺れを切らしたらしい。
自分がスティングの立場なら5分でどこかに行ってしまうだろう。

「15分したら戻ってくるからここで待ってろよ」
「わかったー」

色んな装飾品を見るがピンとくるものがない。
ふと先ほど見た所を再び見ると目につくものがあった。

「……蝶のピアス」

でもあの人にピアスの穴があるかわからない。僕にもないし。
ピアスの横にブレスレットもあった。

「これ、ください」



「明日の外出許可とれたぞ」
「わっるいねー。苦手なんだよね、あの人達」

この艦ではネオ以外僕らを怖がり変な扱いをされる。
外出したいと言っても何かぐだぐだ言って追い返されたり殴りかけた事もある。
戦場に出れば別だけど普通に歩いてたりして殺したりするほど凶暴でも狂ってもいない。でもそんな目で見られる。
だから僕ら以外は嫌い。

「なるべく早く戻れよ」
「わかってる」

あの人と最後に会ってから4日経っていた。
明日会えるだろうか。何故会いたいと思うのか。
今はこのブレスレットと手紙を渡したいだけ。
そう思う事にした。
ベッドに寝転がりながらポケットの中からある物を出した。
蝶のピアス。
穴はいつ開けてもいいと思ってるけどまだ開けていない。
ピアスを手にした手をぎゅっと握り枕の下に忍び込ませる。

「帰ってきてから考えるか」

握った手を開きピアスを枕の下に置く。
そして眠りについた。



三度目となるこの場所。辺りを見回すがあの人姿は見当たらない。

「確か先の方にある家にいるって言ってたよな」

行くか迷うがいなければ来てもいいと言われたしいいかと思い歩き出した。
この時何人か人の気配と視線を感じたけど気にとめなかった。

「あれかな」

すぐに小屋みたいな家が見えてきてあの人の後ろ姿を確認すると、自分でも気がつかず小走りになっていた。
ポケットにいれておいたブレスレットと手紙が入っている袋を手にする。

「……は冷えますわ、キラ」

近付くと誰かに話しかけているような声。
あの人の目の前に椅子に座っている青年がいた。

「もう少しだけここにいたいんだ」

そう言うとあの人は自分を包んでいた薄い布を青年にかけた。

「ラクス」


聞きたくなかった。
あの人の口から聞きたかった。
あの人の名前。
走りながら頭の中で何度も呼ぶ。
“ラクス”と。
あの人はあの青年の名を呼び、あの青年はあの人の名を呼ぶ。
どうしたいかなんてわからない。

「わっ」

砂に足をとられ派手に転んだ。周りに誰もいない事が幸いだろう。
そのまま立ち上がらず膝を抱えて座り込む。
僕はどうしたかったのだろう


「はっ……はぁ」
「え……?」

荒い息遣いが聞こえて振り返ると彼女がいた。
息を整えながら微笑んで袋を差し出す。
さっきまで僕が手にしていた袋。
渡していないのに渡すべき相手が持っている。先ほどあそこで落としてしまったらしい。

「いらしたんですね」
「……うん」

だいぶ息が整い、手にしていた袋を改めて見るようにジッと見つめていた。

「私が貰ってもよろしいのでしょうか?」

袋に書いてある字を見たのだろうか。
でもそれだけではわからないはず。

だって……

「っ!?」

立ち上がったはずなのに体は砂にへばりついている。何かに押さえつけられ何が起こっているのかわからない。

「な、何を」

あの人の声が頭上から聞こえる。同時に早くしろとかいう数人の男の声が聞こえる。

「放せよっ!」

押さえつけていたものを振り払い立ち上がると二人の男が彼女を押さえていた。

「何してんだよ、放せ!」
「アウル・ニーダ、帰還命令だ。すぐに艦に戻れ」

服装は一般人でも連合の奴らか。でも彼女を押さえている理由がわからない。

「今帰るよ。だからその人放せよ」

僕の言葉は聞いていないかのように彼女を押さえていた男の一人が布を彼女の口に宛てた。
その直後ぐったりと力をなくし運ばれていく。

「お前のおかげで思わぬ収穫だ」
「は?」

何言ってるんだと思うが僕もそこまで馬鹿じゃない。
あの人は連合によって使い道がある人なんだ。だから連れていこうとしている。

「やめろよ!その人に何すんだよ!」

騒ぎ出した僕をさっき押さえつけてきた男達が押さえこむ。
彼女はどんどん離れて行く。

「放せよ、その人を連れてく必要はないだろ!」

何を言っても無駄。
だってもう力が出ない。腕に痛みを感じて力が抜けていく。
どうして……動けよ、動いてくれよ。

「ごめ、なさっ……僕がっ」

何に謝りたかったのだろう
僕は何をしてしまったのだろう

「母さ、ん……」



ただ抱き締めてほしかっただけなのに
ただ名前を呼びたかった、呼んでほしかっただけなのに
まだこの時の僕もわからない
これが何なのか
いつかは砕く色の枷は
重さを増して
次第に僕はこの気持ちに気がついてしまう
まだこのままならよかったのに
親愛なる……



H18.1.27




book / home