兄の日2


オミに言われて美緒ちゃんが待つ部屋に行くと、思いがけずいい匂いがするから外食じゃない訳を聞くと、なんとまぁ健気な理由が返ってきた。


「オミあと10分くらいで家着くって!」
「やば やば やば……」

スリッパをパタパタと鳴らしながら小走りでテーブルに料理を乗せる美緒ちゃんが非常に愛らしい。ある程度準備が終わったところで、ちょうどよく鍵を開ける音がした。美緒ちゃんの方を見ると、キャンドルを灯すためのチャッカマンを握り締めながら「20秒時間稼ぎして!」と小声で頼まれた。20秒のために玄関に向かってオミを迎えに行く。新婚かよ。


「おかえりオミちゃん」
「ただいま、ごめん隆二先来てもらっちゃってー」
「いいのいいの、まぁまぁゆっくりしていってよ」
「ウケる、ここ隆二んちじゃね〜よ」
「あっオミちゃん、アレ、あの〜電気代の請求書来てたよ」
「え?ん?うん。置いといて。美緒〜待たせてごめん 腹減ってるよなー、出かける準備出来てる?って、え、」

20秒、稼げたよね。稼げたってことにしよう。リビングに入って固まったオミの背中を見て、ホッコリの笑みが溢れる。

「はい、お兄ちゃん、すわって」
「ん?あれ?今日外食って…」
「よし、じゃあ冷めちゃうので、手を合わせてください。いただきます!」
「いただきま〜す!」

未だ状況を理解出来ていないオミが、訳の分からない顔をしたままイスに座り、おずおずと手を合わせて小さな声でいただきます、と言った。そう言ったものの、なんとなく行儀よくしているオミの手は膝の上に置かれたままだった。

「…食べてよお兄ちゃん」
「食べるけど…美緒、どうしたの…」
「…………べつに……」

あぁ、どうしてこの子は素直になれないんだろう。別に何でもない日に、こんなに手間のかかるパエリアやローストビーフは作らないよね。何でもない日に、シャンパンも出さないし、テーブルコーディネートしてキャンドルなんて点けない。

「おみ、今日何の日か知ってる?」
「え、わかんないマジで」

言ってもいいよね?と、アイコンタクトを送ると、一瞬目が合った美緒ちゃんが恥ずかしそうに少し俯いた。

「父の日なんだって、今日」
「…」
「兄の日ってないから、代わりに今日やるんだって」
「美緒………」

茹で蛸みたいに顔を真っ赤にした美緒ちゃんが俯いたまま小さく頷いた。オミの方を見るとかなり目が潤んでいた。背中をポンと押したらきっと泣き出すと思った。




#父の日 登坂家では #兄の日