桔梗という少年
よく晴れた日の事だった。
あんなに寒かった冬の日々を超え、今年も春がやってきた。
桜や野花の香り、揺れる草木、小鳥たちのさえずり。
暖かな空気が春を教えてくれる。
そんなぽかぽか陽気の中、俺は高校生活が始まる前にこの町、御伽町(おとぎちょう)へ引っ越してきた。
引っ越してきたとは言っても、家族総出ではなく俺、如月桔梗(きさらぎききょう)一人だけだ。
そして俺が今日から一人で住む部屋…いや家は、二階建て+地下室付きの古びた一軒家だ。
家自体は古い物だが、外観は煉瓦造りで、アンティークな鉄製の門扉があり小さな庭もある、規模の小さな洋館の様な家だ。
何故高校生になるという若い俺がこの家に住めるのかって?
実はこの家の持ち主は、俺の祖父だったのだ。
俺は祖父の事が大好きで、いつも学校の長期休暇の時期には祖父の家に1人で泊まりに行くぐらいのおじいちゃんっ子だった。
だが年齢も年齢であっただけに、祖父は寿命を迎え天国へ旅立ってしまった。
それが今年の冬休みの出来事。
年末年始を乗り越え、忙しい時をすぎてからの旅立ちだった。
幸いにも祖父の旅立ちに立ち会うことができた為、俺自身に祖父に対する心残りはあまりなかった。
強いて言うなら社会人を迎えるまで待って欲しかったなというところだ。
とまあ祖父との思い出話は一先ず置いておき、葬儀後この家をどうするかと親戚間で会議が始まった。
祖父の住んでいる家はやや大きめの家造り、そして土地も駅近く、周辺にはショッピングセンターやコンビニなど立地もいいところだったので高く売れるというのが議題に上がった。
でも俺は祖父との思い出が詰まった家を手放して欲しくなかった。
それに俺が志望していた高校は御伽高校という所で、祖父の家から近い所だった。
その為、高校の通学は祖父の家から通うつもりだったのに勝手に売り捌いては僕が困る。
「売らないで、俺がおじいちゃんの家に住むから」
沢山の大人たちの前で俺は宣言した。
自分で言うのもなんではあるが、孫は俺しかいなかった為、生前は祖父から随分気に入られておりとても可愛がられた。
そういう祖父と俺の仲睦まじかった姿を見てきた大人達は考え、俺が御伽高校の進学に合格したら認めると約束した。
そして数週間前、俺は見事御伽高校の受験に合格し、祖父の家に住まう事になった。
ただし条件があり、両親からの仕送りはあるがきちんと掃除、料理、洗濯、庭の手入れ等の自分は勿論、祖父が遺した大事な家を管理する事を言付けられた。
俺自身はともかく、俺の事を大変可愛がってくれたおじいちゃんの大切な家を汚すわけがないじゃないかと思いながら条件を飲み込み、現在に至る。
2ヶ月ぶりの祖父の家だが、木々や草花の彩りにより冬に見た時よりも家が明るく見える。
前回来たのが葬式というのもあるだろうけれど。
「如月さーん、荷物どうしますかー?」
一緒に家へ向かった引越し業者のお兄さんが大きな声で話しかけてきた。
「その辺の隅に置いててください。ありがとうございます」
適当な指示を出し、俺も荷物を降ろす作業に務めた。
元々人が住んでいた家なので、自分の家からは祖父が持っていなかったゲームやパソコン、漫画やDVDといった娯楽グッズのみで、大した物は持ってきていない。
その為引越し業者さんに頼むのも気が引けたが、生憎うちの両親は忙しい日で、その娯楽グッズかなり量があり重たい為、プロに運んで貰うことにしたのだ。
全ての荷物をトラックから降ろし終え、業者さんはまた次の仕事へ向かっていった。
さて、俺一人になってしまった。
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