とっても短いお話
mha hqは専らTwitt

▽2020/05/16(23:38)

夏目 夏目
穏やかな声音がまだ耳元で、まるで木の葉のさえずりのように柔らかく、残っている。つい今しがた呼ばれたときと等しく、空気は揺らぎ、弾けてはそれが残響だと知るたび、湿る身体を冷えた風が貫く。
もう七月も半ばだというのに、冬のように、身体は凍てつく。ひどく、ひどく寒い。心臓の先端から凍って崩れていくように、心臓の拍動さえ失せていくように。


「不毛だな」


薄暗い住宅街の塀の上で、しもぶくれ顔の猫が目を閉じていた。その声は諌めているようにも、呆れているようにも、慰めているようにも聞こえる。ぐるぐるとしていた視界が漸く平衡性を取り戻し、彼は両足をコンクリートの地面に縫い付ける。


「もう、夏だからな」


強すぎる日差しが身を焦がし、身体から逃げるように溶けていく何かは理性を引き連れている。朦朧とした脳髄から染み出た液体が、脊髄を通り指先に通る頃には四肢は最早棒のようだ。そんな、夏が来る。何もかもを置いてきた。冬の冷たさと白さをもすべて。だから彼女の声は、夏には連れてこれない。


「あと少し待てば、冬にもなる」
「同じ冬などくるものか」

それは、にゃんこ先生なりの優しさなのだと知っている。知りつつも、受け止められないのはそうだと思ってはいないからだ。寒さも、白さも、声も、置いてきたものを迎えに行けばいいのだ。それだけで、いいはずだ。


「――不毛だな」


目蓋を上げた猫は、塀の上を歩いていく。立ち止まる彼を置いて、振り返りもせず、悠々と先を行く。この先も、猫にとって似た景色が続くだろう。同じ家並み、同じ塀。けれど、その先に彼はいない。彼はいつまでも、猫の後ろで立ち止まっている。先に進みながら迎えに行くことなど、到底、無理な話なのだと。理解するには、まだ、穏やかな声を求めていた。

夏目



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