とっても短いお話
mha hqは専らTwitt

▽2020/05/16(23:39)

脱色 黒崎一護
「よお」

深夜の2時を回った頃だったと思う。部屋の電気もつけずに、ただ呆然とベッド脇の窓の縁に肘をついて、夜風に揺れる遠い景色を眺めていた。霞がかる月では瓦屋根の反射は暗く、町は暗闇に落ちていた。
開け放した窓から一瞬吹いた強い風がカーテンをはためかせ、思わず目を瞑る。瞼の裏の暗さが一層増し、音もなく、それでも何かがそこに在るという感覚が空気を圧すように肌を撫ぜた。

「こんな夜更けに、何してんだ」

薄っすらと目を開ければそこには影があった。闇を纏った装束は月の光を呑むように、黒々とした質量をもって目の前にある。見上げれば、暗闇に紛れたい装束とは裏腹な明るい橙が緩やかな風に揺れている。私はついていた肘を持ち上げて、彼の髪に手を伸ばした。

「毎夜お疲れ様ですこと」

ーーついと逸らされた首に、伸ばした右手は空を切り触れることは叶わなかった。
彼は器用に窓下に迫り出した小さな屋根の上に胡座をかいて、窓枠に腕を乗せる。

「良い子は寝る時間だろ」
「ここには悪い子しかいないみたいだね」
「俺はいいんだよ」
「なにそれ。はやく身体戻って寝なよ。明日もどうせあるんだから」

どうせっていうんじゃねえ。
不貞腐れた彼の顔は幼く、諦め悪く触れようとした手は一回りも大きい手に捕らえられた。

「...そういや明日学校休みだったろ」

今日の放課後は、お互いに用事があってそれぞれで帰路についた。いつもであれば、そんな話は帰りがけにしていたというのに。
そういえば、と収まった手の中でもぞもぞと指を動かして逃げながら生返事に近い声を上げれば、彼はぎゅっとより力を込める。指先は冷たいのに、掌はやけに熱かった。

「...なあ」

歯切れの悪いのは、こういう時の彼にとってはいつものことだ。ギャップ萌えという言葉が世に蔓延る理由が分かる。それらは正しく、目の前の男のためにあるものだ。
空いている手で彼の手首を掴み、ぐいと部屋の中に引っ張った。存外軽いのは、彼が実体ではないからだろう。驚いてもすんなり部屋へと入ってくるあたり、彼も私も、おそらく同じ考えをしていたのだ。
シングルベッドに2人が寝転がるには狭い。触れる感触も、どことなく朧げだ。

「一護」
「...何だよ」
「窓、開けて待ってるね」
「...こんな夜に勝手に入ったら俺がどやされんだろ」
「大丈夫だよ、見つかる前に帰ればいいんだもん」

呆れた、けれど満更ではないような顔をして吐かれた溜息に笑えば、柔い頭突きが飛んできた。

「いったあ」
「どこがだよ、全然痛かねえだろ」

どうせ家人には聞こえもしないだろうに、それでもくつくつと堪えた笑い声にむくれれば、大きな手が頭を撫でた。

「一護......眠れないの」
「...あぁ」
「いち、ご」

彼の首元に押し付けた額が熱い。それは、彼の熱ではない。握った手の熱さも、彼のものではない。
ーー熱が、恋しい。こんな冷たい夜に眠れるほどの、こんな冷えた月に眩むほどの。

「...明日、ちゃんとフォローしろよ」
「......無理」

首根っこを摘まれ、首を逸らした拍子に唇を食べられた。やわやわとした、彼の上唇が息をする私を責める。呼吸をするなと咎められたようなそれはほんの一瞬で、ぱっと離れた彼はベッドから起き上がるとすぐに背を向けるように、窓枠に膝をついた。傍から覗いた耳が、赤かったのは彼がいちごだったからなのかもしれない。

「ーーっ、十分で戻る」

ぐしゃぐしゃと頭をかき回し、逃げるように去った彼は、やはり月の陰を忍ぶように、たかだか数軒先の家に帰っていった。唐突にぽつんと置き去りにされた私は吹き出そうになった声を抑えて、近くに置いていた携帯を手に取る。ストップウォッチ機能をスタートさせて、窓枠に肘をついた。
暗く淀んだ暗闇をどうか彼が転ばずに来られるように、もう少しだけ雲が晴れることを願いながら。余韻の残る熱い頬を冷ますように顔を上げた。


リハビリをかねて、初めての脱色黒崎君です。すごい滾ったのに供給が少なすぎて本当に辛いです。

脱色



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