とっても短いお話
mha hqは専らTwitt

▽2020/05/16(23:42)

kmt 冨岡
息をしている。
生い茂る竹林の中、朝日のこぼれ日が少しづつ夜闇を打ち払う。あふれる腐臭がようやく、薄まっていくような気がした。
浅い浅い呼吸を繰り返す。
腹からこぼれだす血を眺めながら、何度も頭の中で響く声を思い出していた。

死ぬな、約束だ。

口数の少ない男が、彼女が任務に向かうたびにそう契っていく。死ぬな。呪いのような言葉が、ただの貧相で頻回な荒い呼吸を、慣れたそれへと変えさせていく。
体力を消耗するのだ。全集中の呼吸をこの怪我のために使うことは、誰かに見つけてもらうことを前提としている。止血のために使えばもう歩くこともままならないほどになるからだ。

死ぬなと勝手に契っていくならば、早く見つけに来い鉄面皮。

けほ、と喉の奥を這う血腥さにむせれば、迫り上がるそれらのせいで気道が狭まる。
ひゅーと細い音が周囲に響く。
朝日が、ひどく柔らかく溢れていた。
先までの戦いと打って変わって満ちている静謐が、あの男の纏う空気のようで、目を瞑れば、すぐ近くにいるような錯覚を起こす。ああ、まぶたが重い。


「名前…!」


葉を踏み荒らす音が遠く聞こえる。
まぼろしなのか、本当なのかはもうわからないが、どちらでもいい。
最期にあの男の、仏頂面以外の慌てふためく顔が見られたなら。
ああでも、最期だなんて、


「いや、だな、あ」


息をしている。
まだ、生きるための息をしている。
遠い昔に死にたがりだった息が、たかだか約束の一つのせいで、生きたいと願っている。


「名前、!」


重い重い目蓋を、持ち上げた。名前を呼ぶ顔でさえ、凝り固まった顔だった。


「ぎ、ゆうさ、」
「生きろ、死ぬな」


積もる約束に、彼の顔に、思わず笑った。
生きていたいんですよ、本当は。誰よりも。その固まった相貌が崩れるのを、傍でずっと、見ていたいのだ。
緩々と目を閉じる。
彼女はまだ、息をしている。

kmt



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