とっても短いお話
mha hqは専らTwitt

▽2020/06/01(10:13)

蟲師 長編ネタだったもの
胸元から花が咲く奇病に冒された女がいるという。
二本の角の報酬を手に化野という異形のものを好む男のもとを尋ねれば、唐突にそんな話を持ちかけてきた。大方蟲の仕業だろうと見当はつくが、果たして人の体から植物を生やす蟲などいただろうかと一瞬の思案に気づいた彼、ギンコに、珍しく少しばかりの困り顔でその治療の依頼をしてきたのだ。蟲に関わる奇病ならば断る謂れはないが、その表情につい首を傾げれば、化野は角を掲げる手を止めて言った。


「……遠方から出向いた医者が皆体を壊すんだとよ。それで誰もその村には近づかなくなった。鬼の住む村とまで噂に尾ひれが付いて耳にする。
その村で採れる生薬は効き目がよくてな、重宝しているんだ。鬼などと医家の噂以外にも広まれば得難くなる。こんなことは、蟲を知るお前にしか頼めんだろ」


些か距離があるからと少し割高に支払われたものに、彼の具合を知った。

それから化野が聞いた医家の間で流れる噂を頼りに、奥深い山にひっそりと暮らす集落を訪ねることになった。村に近づくにつれ、大した肥沃な土壌でもないというのに蟲の姿が多く目に付いた。大半は害のないもののように見えたが、それにしても多すぎる。歩くたびにまるで後ろに連なるように列をなし、蟲煙草の煙だけでは散らしきれない。仕方なく背中に背負う薬箱から蟲煙草と同じ材料を取り出し擦り合せて提灯の火種にし、日の昇る中それを提げて歩くことにした。
それから一刻もないうちに人里が木々の合間より現れた。


「……なんだ、ありゃあ」


村を覆うように蟲が漂っている。思わず呼吸を止めて惚けていれば、田で緑にたわむ稲を世話していた男と目があった。男は屈めていた腰をあげ、訝しげな眼をこちらに向けて声を上げる。


「何、旅の者か」
「……蟲師のギンコと申します。この村で奇病にかかった者がいると聞いて来たんですが」
「障りをもらうぞ、やめておけ」


笠を脇に抱えて一言告げると、男はそのまま踵を返して藁葺き屋根が並ぶ中心部へと踵を返した。
――成る程、この蟲の量ならば、他所から来た耐性のないものは体を病むだろう。男の顔色は悪いものではなかった。見たところ中年ほどの年ということは、生まれた時からこの蟲たちに囲まれていたと考えられる。村人に問題はなさそうだが、如何せんギンコ自身その蟲を呼び寄せやすい体質である。これは早々に蹴りをつけなければならなそうだ。口から吐き出した紫煙の先で、蟲が揺らいで散った。

障りをもらうからやめろといわれたところで引き返すわけにも行かず、ひとまず男が向かった先を目指して歩みを進めていれば、駆け回る子供の姿を見た。


(しかしこの蟲の数に対して元気なもんだな)


村という閉鎖的な空間である以上、誰かが耐性のある体質だったならばまだ納得は行くかもしれないが。子供たちを眺めて足を止めれば、左に連なる家屋の扉ががたりと開いた。顔を出したのは年若い女であり、桶を抱える彼女はギンコに気づくと目を丸くして一歩だけ後ずさりした。


「すみません、この村に奇病にかかった者がいると聞いてきたのですが」
「――その子なら、村の奥のお屋敷に」
「どうも」


指を指された方へと踏み出せば、先程までくるくると追いかけ合っていた小さな子供の片割れがこちらを見上げていた。


「#名前#ちゃん治してくれるの?」


そばかすの散った頬の上に乗る大きな瞳が凝視する。


「お胸にね、芽が生えていたの。長様が土に帰ってしまうんだって言ってたよ」
「土に帰る?」
「あの、貴方はお医者様なのですか?」


少女に向けていた目を背後に振り、先ほどの女の不安とも不信ともとれる双眸と視線を交わす。その言葉にいいやと首を振って蟲師だと告げれば、大抵いつも向けられる類のものを受け取った。
とにもかくにも奇病の女の居場所が分かったのならば急ぐほかない。彼女たちに一言残してその屋敷を目指して進んでいれば、蟲の気配が一層濃くなった。提灯は村に入る手前で消してしまったので、煙草一本では寄る一方だ。


胸元から花が咲く奇病に冒された。
最初は吹き出物のようなものが胸の中心、心の臓というものがあるそれのあたりにできた。押した感触はやわらかく、どちらかというと緑がかった色のようにみえたそれに痛みはなく、ただ異物感ばかりがそこにあった。三日も過ぎた頃、それがはっきりと緑色のものだとわかり、これが普通のものではないと悟った。その頃からだろうか、異常であるという気持ちのせいなのかは知らないが、なんとなく手足が重みを増していた。七日が経ち、皮膚を突き破って生えた緑のそれが、どことなく植物の芽に似ていると医者が言ったのが、異常を周知のものにさせるきっかけであった。十日でたしかに、小さな双葉の芽が生えた。歩くことなど、できなくなっていた。

蟲師



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