とっても短いお話
mha hqは専らTwitt

▽2020/09/07(20:37)

MHA 心操
そのうち短編に昇華されていそう。
→「毒空木の味を知る」
「あ」


窓を開ければ涼やかな風がどことなく金木犀の甘い香りを漂わせながら入り込んでくる季節になった。随分寮生活には慣れてきて、けれど以前のように気軽には外に遊びにいけなくなってしまった現状に、心操の部屋には常に彼女がいるようになっていた。
今日も今日とて、数学の課題に頭を捻らせながら解き進めていく彼女の指先にばかり目を走らせて、心操のノートは一向に埋まっていかない。この時間が一番非合理的だ。残念ながらノートを二冊置くだけのスペースしかない小さなテーブルを挟んでというこの距離を前に、無心でいられるほど出来た聖人君子ではない。おまけにあーだの、うーだの、言葉にもならない声を溢しながら解いていくものだから余計に気が散って仕方がなく、それは勿論、腹が立つ方のではない。


「…あれ、人使くん全然進んでないね?」


問二の積分に飽きたのか、シャーペンを投げ出した彼女は背中に置いたビーズクッションに背を埋めた。この間の誕生日にもらったそれは、少し前に流行っていた「人をダメにする」シリーズのものだそうで、当の彼ではなく、名前がダメにされていた。自分で買っておきながら自分で使ってしまうあたり、彼女はそういう人だ。大き過ぎるブラウンのクッションにずぶずぶと埋もれていく姿は小動物を思い起こさせて、つい和んでしまうのだから、それを見越した上でのプレゼントだというのならばとんだ策士だ。
こちらのノートの進捗具合に小首を傾げながら、クッションに沈んでいく。彼女の香りが時折するのは、これの所為だったのかと気付いたところで息を吐いた。あんまりに暑い熱が篭っていくばかりで、息でも吐かないと内側から焼かれて死にそうだ。


「…だから俺の部屋でやるのやめようって言った」
「えー人使くんの部屋居心地いーんだもん」


スカート捲れそうだよ、なんて教えてあげたところで彼女は数分後には同じ姿勢をとってしまう。


「…人使くん、傷が増えたねえ」


名前はクッションから身を起こして、テーブルに放り出していた右腕を細い指先で辿る。肘から手首、手の甲に刻まれた擦り傷にミミズ腫れ、指先の分厚くなった皮膚を撫でて、するりと指を絡ませるように握る。
――二学期の何処かで、来年の転科に向けての実技試験がある。相澤は具体的な日にちを言っては来ないが、年末までにはあるだろう。そういうものは手続きも相まって年を越す前に済ませるはずだ。
だから、最近の訓練は苛烈だった。やられる、と死ぬ、を交互に頭に過るくらいには壮絶で、そういう日は寝付きが悪い。昂ったまま落ち着けない。つまり、恐らくこれは心操の生存本能による衝動だ。そして彼女の策略だ。
一回り以上小さな手を掴み返して、彼女の方に転がるクッションに近寄る。
――そういえば、昨日も夜は眠れなかったなんて、思い出して薄く笑った。

MHA



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