とっても短いお話
mha hqは専らTwitt
▽2022/01/05(21:46)
magi 君青レームの続き
湯浴みをしながら、セレスタの言葉を反芻する。彼の言葉がずしりと肩にのしかかっていた。
副隊長だろう。それは立場のことを、強さのことを、言っていたのだと思う。だから負けるなよという彼の言葉の裏腹を知っている。
軽くはない。賭け事に左右されるほど軽くはない。それは、なんとなく、飲み込めるようで飲み込めない。
びしょ濡れの頭を拭いながら、冷えた廊下を歩く。シンドリアは夜になると気温が下がる。昼間の茹だる熱が嘘のように月の冷たさを引き連れてくる。そういう日もある。
そういう日は、月が綺麗な夜になる。
月明かりで影が落ちて、その黒く抜けた分身を眺めて歩いているうちに紫獅塔にまできていた。緑斜塔に戻るつもりであったのに、階段を一つずつ上がっている。
ジャーファルの私室がある階で立ち止まってから、何をいうべきか考えてしまった。ぽたりと床に水滴が落ちる。軽くはないといったセレスタの言葉が、奥歯に引っかかっている。
水滴の跡を踏み越えて、月明かりの差し込む廊下に身を乗り出した。潮騒が耳に心地良い。僅かに見える市街地の灯りに、ほっとした。
――確かに、生まれも育ちも、この場所ではないけれど。
コンコン。
少しの身じろぐ音。ドアの隙間から顔を出したジャーファルの銀の髪が同じ光を吸い込んで白く輝いていた。その髪の下にあった相貌は丸く見開かれて、それから怪訝そうにすがめられた。
「そんなびしょ濡れで、なにやってるんだ」
彼の右手が髪にかかる布を掴みながら、反対の手で中へ招かれた。相変わらず彼の部屋はインクの匂いでいっぱいだった。
奥のテーブルには書簡が広がっていて、執務室ではなくここで仕事をしているのも珍しい。なんとなく伝わったのか、ジャーファルはああ、と零してからナマエに向き直って、濡れた髪を拭う。
「きっと、ナマエが来るだろうと思ったから」
「……どうして」
「あれで隠せてるわけがないことくらい、分かってたでしょう」
はあとため息と呆れ笑いが混ざる声が、インクの匂いと綯い交ぜになって眉間のあたりを重くしていった。
ぽすりと、力なく彼の胸元にもたれかかる。少しばかりの花の甘い香りが、そういえばシンドバッドの私室は花で溢れていたなと思い起こさせた。裏手の庭に咲き乱れていたのだと庭師が剪定して整えたのだそうだ。シンドリアの花は果実のような甘い香りがする。日をたくさん浴びた花は、鮮やかな色を帯びる。
「……私、シンドリアが好きです」
「ええ、知ってますよ」
「……この世界の他の国は知らないけど、これから知ってはいきたいけど、でも、きっと、シンドリアがいいって思います。アリババやモルジアナや、紅玉さんがいろんな話をしても、きっとそう思う」
「……はい」
潮騒の心地良さ。月の夜の静けさと相反する真昼の喧騒。皮膚を焼く日差しも、照り返す海の青さも、夕焼けに染まる白の家々も。果樹園の香りも、インクの匂いも。もうずっと、当たり前のようにある。
ザーフィアスを恋しく思うように、離れれば、シンドリアを恋しく思うだろう。ナマエの生きる場所はここだけだと、もうずっと、決めている。
髪を拭っていた彼の手が腰に回って、ナマエの手がジャーファルの背中を掴む。
「……明日、リカルド騎士団長と手合わせするって、言いましたよね」
「――ええ」
少しの間が、彼もセレスタと同じように想定していた何かがあったのだと思わせた。
「私が負けたら……国へ連れて行きたいのだと言われました」
一晩だなんていうことは流石に言えなかったけれど、もしかしたら気付いてはいたかも知れない。船での一件を彼も知ってはいるのだ。
ジャーファルはナマエの継ぐ言葉を待つようで、僅かに息を吸って、それで、と言葉を返した。
「……セレスタには、賭け事に持ち出されるほど私は軽くはないと、怒られて――」
彼の両手がするりと離れた。ぱちんと両頬を柔い力で挟み込まれて、惚けた。
視線の先にあったジャーファルの瞳は、不愉快そうというに相応しいほど歪められていた。
「貴女は剣のことしか頭にないから、剣士である誇りと貴女の身が伴ってなさすぎる。……私が好きな貴女を、必死になってでもナマエだって守ってください」
magi