とっても短いお話
mha hqは専らTwitt
▽2024/04/30(18:07)
TOV アレクセイ娘続き
トリム港の宿に向かえば、そこにはあのラゴウが立っていた。
悪びれもしない態度にリタがこいつ、と気色ばんだが、当のラゴウは初対面を装っていた。
「おや、どこかでお会いしましたかね?」
「船での事件がショックで、都合のいい記憶喪失か?いい治癒術師、紹介するぜ」
「はて?記憶喪失も何も、あなたと会うのは、これが初めてですよ?」
――ぞわりと、背筋が粟立つ。
背中に刃でも突き立てられているかのような鋭い空気に一瞬振り返ることを躊躇した。フレンは言わずもがな、隣に並ぶカロルやエステル、リタまでもがそのまさに殺気というに相応しい空気に息を詰めたのがわかる。
ラゴウがぎょろりと老いた双眸でユーリの後ろに立つ彼女を見た。
――一声でも発せば、首が刎ねられる。
比喩でもなく、ラゴウがこれ以上何かを宣えばそうなっていただろう。
誰もが言葉を失うなか、ヨーデルだけが涼やかだった。
「#名前#」
たった一言。そうして、明らかに空気が変容した。
カロルが大袈裟に息を吐いて吸ってと繰り返していて情けないがユーリとてそれに倣いたい気持ちもあったが、平然を装った。
ラゴウは詰まった呼吸に数度むせてから、
「な、何度も申し上げましたでしょう! 誰かが私の名を騙っていたのです、私を陥れようとしたのです」
上擦った声が意外にもその言に信憑性を増させたが、騙っているのは紛れもなくラゴウの方だ。
「ウソつくな! 魔物のエサにされた人たちを、あたしはこの目で見たのよ!」
「では、フレン殿、貴方はこのならず者たちと評議会の私、どちらを信じるのです?」
そうして、勝ち誇ったような顔をしてラゴウは出て行った。
「何なのよあいつは!!」
「ヨーデル殿下。何故止めたのですか」
「あれではラゴウの思う壺でしょう」
「……わたしは、もう騎士団には属していません」
「そうであったとしても、しがらみも多い。今はまだ耐えるべき時ですよ」
#名前#は言葉を飲み込み、先程までの勢いも打って変わってしおしおと顔を俯けて腰を折った。
「申し訳ありません……ヨーデル殿下」
「――っていうか、さっきから殿下殿下って……まさか、ねえ……?」
「この方は、次期皇帝候補のヨーデル殿下です」
「うそ!! ほんと!!?」
「それより、殿下ともあろうお方が、執政官ごときに捕まる事情をオレは聞いてみたいね」
「……この一件はやはり……」
#名前#の素性も大概気にはなるが、今はそれよりもラゴウの一件だ。目の前にフレンもいて、皇帝候補が二人もいて、それでも尚見過ごされる事情とやらが相応にあるとでもいうのだろうか。
「市民には聞かせられない事情ってわけか」
「あ……それは……」
「エステルがここまできたのも関係してんだな」
いつだって世の中は理不尽だ。割を食うのは権力とは程遠い大多数の人間で、いつだって見捨てられていくのだ。
「ま、好きにすればいいさ。目の前で困ってる連中をほっとく帝国のごたごたに興味はねえ」
「ユーリ……。そうやって帝国に背を向けて何か変わったか? 人々が安定した生活を送るには帝国の定めた正しい法が必要だ」
「けど、その法が、今はラゴウを許してんだろ」
「だから、それを変えるために、僕たちは騎士になった。下から吠えているだけでは何も変えられないから」
――わかっている。いや、理想と現実は相反している。だからといって、フレンと自分の足元を見ればそう吠えることも笑えてくる。分かっては、いる。
「手柄を立て、信頼を勝ち取り、帝国を内部から是正する。そうだったろ、ユーリ」
「……だから、出世のために、ガキが魔物のエサにされんのを黙って見てろってか? 下町の連中が厳しい取立てにあってんのを見過ごすのかよ!」
フレンから目を逸らした。
「それができねえから、オレは騎士団を辞めたんだ」
「知ってるよ。けど、やめて何か変わったか?」
ぐ、と拳を握る。
「騎士団に入る前と何か変わったのか?」
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