とっても短いお話
mha hqは専らTwitt

▽2024/09/09(18:34)

本幸本編
文化祭後の話 没案
文化祭が終わり、概ね後片付けも終わった頃、A組全員が寮のリビングに集まっていた。
各々が席につきながら、手持ち無沙汰にコップに注がれた麦茶を飲んでいる。三人席のソファに腰掛けている出久に誰も彼もが目線をやりながら、それからダイニングテーブルに座る爆豪の気配に誰も声をあげられずにいた。その空気感をわかっていながら、適当な言葉を探しては言い淀む。
緑谷、と名前をこぼしたのはおそらく切島だったのだろう。
その声につられるように顔を上げると、唐突にインターホンが鳴った。
予期しない来訪者に誰かのコップがドンと強くテーブルに落ちた。


「……え、この人って、」


ドアモニターにほど近いところにいた耳朗の小さく戸惑った声に、爆豪がすかさずに立ち上がりリビングを出ていった。玄関の方で穏やかではない会話が聞こえたが、程なくして幾つかの足音と、ゴムがフローリングを滑る独特な音が聞こえてきた。
爆豪が厳しい形相でリビングのドアをやけに大きく押し開く。現れたのは、炭谷だった。


「――っ炭谷さん! ……どうして、あなたが、ここに」


彼は少しだけ肩を竦めながら、眉尻を下げて笑っている。
暇かよ、と皮肉めいた爆豪の科白に、車椅子を押していたファンドが「そうやってすぐ噛みつかない」と隣に並んでいたその頭を軽く叩くように撫でた。平生であればひどく反抗もしてみせるはずだろうに、当の爆豪は強くその手を振り払いじろりと睨め上げるだけだった。


「今しかないのかもしれない、とも、思ったんだ」


珍しく、少しばかり歯切れの悪い言い回しだった。炭谷が徐にそう言うと、状況に一瞬呆けていた全員に緊張が走ったのがわかる。
彼は、紛れもなく#名前#に関わっている。以前の授業以降、それを全員が知っている。その人が今しかないのだと言うのであれば、ここから出ていくる情報は#名前#にまつわる何某だろうと誰もが思っていた。
――そうして、彼の出現により出久自身が話す必要がなくなったことに、奥底で安堵していた。


「ああ、そうだ。バンドとダンス、とても素敵だったね。私も年甲斐もなくはしゃいでしまった」
「……え、あ、ありがとう、ございます?」


張り詰めていた空気と相反した声音で、炭谷は昼間の出し物の話をこぼした。
耳朗と上鳴が思わず目を合わせてから頭で小さく礼をした。


「本当に、みんなの個性が輝いていたね。楽しそうに、笑っている人たちばかり――」
「ンなくだらねェ感想喋るために来たんじゃねェだろ。その胡散臭ェ面やめろや」
「……爆豪君。努力に対する称賛は何にも勝る。後回しにするものではないよ」


鋭い犬歯を剥き出しにして今にも本当に噛み付かんとする勢いの爆豪を、炭谷は首を振って嗜める。


「……傷の多さが、ヒーローたらしめるわけではない。君たちの今日の全てが、私は私の願うヒーローそのものだったと、本当に思ったんだよ」


それを、あの子にも見てほしかった。
小さく、小さく呟かれた音に、カイトがキツく目を瞑った。
彼は背もたれに深くもたれると、細く長く、腹の奥で膨らんでいく言葉を吐き出していた。
一瞬だったのか数十分だったのかもわからなくなるほどの、恐ろしい静けさが部屋を襲う。衣擦れの一つでさえ憚れる沈黙に、鳥肌が立っていた。


「……君たちが――緑谷#名前#についての話をするだろうと、通形君から聞いた。彼を悪くは思わないでくれ。君たち生徒だけで、すべき話では到底ないと私が判断したからこそこうしてやってきたわけだから」


ファンドが車椅子の後ろにあるポケットからペットボトルを取り出した。オレンジ色の液体が揺れるそれを、彼はキャップを捻って口元にあてがう。
――そういえば、とふと考えた。ジュースを飲むのは膵臓の機能低下による低血糖を防ぐためだと言っていた。#名前#がいなくなった日の病室の前で、車椅子から転げ落ちる炭谷を押さえ込む二人を思い出す。織り目正しいスーツのスラックスは、異様に細すぎる脚を隠し切れてはいない。個性因子が膵臓に強く働きかけていたために、ヒーローを辞めざるを得なかったという。
#名前#は、彼の姿をよく見ている。出久よりも、ずっと。


「神野の悪夢と呼ばれたあの日、緑谷#名前#は爆豪君と共に敵連合に誘拐されていた。君たちのおかげで解放されたはものの、入院先の病室に死柄木が現れ、彼女はそれから敵連合と共に、行動している」
「――!!?」


飯田をはじめとする、インターン組以外のクラスメイトのどよめく声を聞いた。
三文小説の冒頭のような何度も擦られた定型文で、しかもそれももう八月の始まり頃の話だ。季節は疾うに茹だる暑さも過ぎ去って、今や枯葉が地面を覆っている。その間に、何度も何度も敵連合と、#名前#の名前を一緒くたにされている。
――青い花の栞を、壊理は持っていた。#名前#を襲った炭谷の強烈なフォロワーから送られたものを、何故彼女は持ち出していたのだろう。


「それから先の死穢八斎會の件も彼女が関わっていることがわかっている。それからは一切の行方が途絶えていて、今も…行方を、探している」
「死穢八斎會の事件だなんて、九月の話ですわ。そこからずっとだなんて」


出久自身も、死穢八斎會からの足取りをつかめてはいない。壊理の手を掴んだあの日から焼けるように痛む身体中の感覚だけが、#名前#が生きていることを教えてくれている。
もしかしたら爆豪は、今#名前#がどこにいるのか見当でもついているのかもしれない。――いや、そんなことはないと分かっている。けれど、爆豪ならばと、薄らと思っている。いや――。


「敵連合は、おそらく今後さらに組織の拡大を目指していく可能性がある。死柄木の性格上死穢八斎會とは協力関係にすらならないだろうと考えていた矢先に先の一件と、治崎を乗せた護送者の襲撃。明らかに今まで様子が変わってきているのがわかる上、彼らの仲間の一人である黒霧も捕まっているからには、」

本幸



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