曖昧でいてリボンのように鮮明だった

※ NL(公式程度の出茶と、うっすら→轟+百、上+耳、切+芦、尾+葉)風味になってますのでご注意を。
呼び方間違えてたらすみません…。




インターンやヒーロー科特有の何某かがない休みの日は、時折爆豪と二人で宛てもなく出掛けるようになった。映画館を目的とすることもあれば、出かけるということが目的になることもある。意外と彼は予定が詰まっていなくても嫌ではない人のようで、今日はどうしようかなんていう会話で始まる一日を呆れることはしなかった。
一週間ほど前に決めた日取りで外出申請書を提出して、C組の寮から少し離れたベンチでいつも先に腰をかけて待っている彼と落ち合って、二人で雄英のゲートを潜って街に降りる。その瞬間が一番心臓が痛い。
この関係性には名前をつけていないので、手を繋いで歩くようなこともない。それでも、彼の隣を同じ歩幅で歩くことだけで、安心を覚えていた。
そんな日々がいくつか続いて、つい先日のこと。ふらりと歩いていた街角でやけにチョコレートの広告が目につくようになった。赤いパッケージ、ハートの模様、チョコレートと揃って初めて、二月も初旬を過ぎた頃だと思い至った。
――二月十四日。起源は様々あるなかで、仮令それがチョコレート会社による企業戦略だったとしてもイベントとして染み付いた通年行事の日。去年は多忙すぎていつの間にかその日が終わっていた。今年の十四日は日曜なので、インターンがなければ基本的に休みのはずだ。
中学までは出久には必ず渡していたなと思い出したので、用事の如何を聞きに行こうと教室の移動の合間にふらりとA組の教室に立ち寄った。ドアから顔を出すと出久は机にノートを広げてガリガリとシャーペンを走らせていた。前の席は空いていて、出直そうと踵を返したところで耳馴染みの良い声が弾けた。


「何しとんだ」
「あ、勝己君」


背後からやってきた彼は一人のようで、立ち去ろうとしていた名前に気づいて教室の中を確認する。おそらく出久がいるかどうかを見たのだろう。彼がいることはもうわかっていて、爆豪は「アイツいんだろ」と目を細めた。


「んー、今週の土日、いるのかなあって聞こうとしただけだから、後ででいいよ」
「聞きゃいーだろーが」
「ぶつぶつ言ってるの分かるし」


もう一度彼に視線を向ければ、下唇を指で挟んでまるで脳内の整理をするように言葉を呟いているのが傍目からでも分かる。ああいう時は話しかけない方が思考が途切れない。邪魔をするつもりは毛頭ないので、「ね?」と同意を求めるように爆豪を見上げて笑った。彼は眉根をうっすらと潜めていて、気を使うほどかとでも言いたいようだ。また後でと手のひらを振れば、彼は「ん」と一言発して名前の隣を通り過ぎる。


「…ちなみに勝己君は?」
「インターン」
「そっか」
「なんかあんのか」
「何にも」


少しばかり早足になった足で、化学実験室まで振り返らずに向かった。



   *     *     *



「というわけで、さあさあやるぞバレンタインー!」
「いらっしゃい名前ちゃん!」
「い、いつ聞いてたの三奈ちゃん…!?」


金曜日の授業終わりに、突然芦戸と葉隠が日曜の一時にA組寮に集合ねとそれだけを告げて去っていった。頭の中には疑問符しか浮かばなかったが、ひとまず日曜になって時間通りにやってくると、キッチンに近い大テーブルの上には泡立て器やボウル、卵に小麦粉、板チョコレートなどが所狭しと並んでいた。
芦戸に腕を組まれながらリビングまでやってきてその状況を見れば、じわじわと顔が熱くなる。しかもA組の女子は全員参加だ。


「だってねえ、私の席ドアに近いしさあ」
「! 耳良すぎじゃない…!?」
「まあ今日は緑谷もいないし、てか男子組結構いないし、これはするしかないでしょ女子会を!」


おー、と突き上げた芦戸の右手に合わせて葉隠の右袖が揺れる。


「バレンタイン! 女性が好いた男性にチョコレートを贈るという日ですね、私初めてですわ!」


――八百万のいいところは素直に物をいうところだと思う。こうしてA組と親交を深めるにつれて、彼女の言葉に頭を抱えたことはこれが初めてではない。
どさりとトートバックを足元に落としてしまってから、顔を隠すように俯いて慌てて取り上げる。


「名前ちゃん顔が真っ赤よ」
「…ウチずっと気になってたんだけど、たまーに爆豪出かける時あるじゃん、あれって名前と出かけてる?」


蛙吹と耳郎の追い討ちに、芦戸の背中にそっと隠れるようにして身を寄せる。A組の積極性と団結力は恐るべきだ。これは負けていられないと、意を決して投げかえした。


「み、みんなはいないんですか…そういう、の」
「まあ麗日はねえ、いるよねえ」
「う、私!?」
「そういう芦戸は切島に?」
「同中だしね! 耳郎ちゃんは上鳴かな?」
「な、ない! ないない!」
「百ちゃんは轟君かしら?」
「そ、そう、なの、でしょうか…?」
「梅雨ちゃんはいないのー?」
「私はみんなにあげる用を作るわね」
「葉隠がひっそりし始めたんだけどちょっと! 逃げるのは許さないからね! 誰、尾白か!」
「わーちょっと! みんなにあげようと思ってたからー!」


コロコロと誰のものともつかない笑い声が右からも左からも駆け抜けていく。当たり前のように、ヒーロー科といえど中身は同い年の女の子だった。


「みんな、いるんだねえ」
「一番それらしいのは名前ちゃんと爆豪だから! っていうかめっちゃ爆豪のそういう話聞きたいんだけど!」
「分かる、全くイメージつかないよね」
「それじゃあ作りながらお話ししましょ」


蛙吹がチョコレートの包装を破り始めたので、耳郎がレシピをタブレットに表示させ、その他で手鍋で煮沸と粉類の軽量といった風に手分けをして作業を始めた。
クラスメイト用には量産が可能なパウンドケーキにするようで、長方形の型が二つ並んでいる。
名前も小麦粉を篩いながら、目の前でサクサクとチョコレートを細切りにしていく麗日を見た。


「いず、多分すごい鈍いけどごめんね」
「めっちゃ掘り起こされた…! いいの、私は。頑張んなきゃって気持ちになるだけでジューブン!! 本当に!」
「それ一年の頃から言ってるけど、もう再来月でうちら三年になっちゃうよー!」
「あぶな!」


バターを電子レンジに突っ込みながら芦戸が麗日の肩を揺する。包丁を握り締めながら揺れる麗日から距離を取るように、隣にいた耳郎が一歩反対側に足を踏み出した。


「それでそれで、名前ちゃんは爆豪とどこにいくの?」


ボウルから粉が溢れ出た。


「予定めっちゃ細かく決めてそう!」
「…そ、んなことは、ないよ」


溢れた粉をかき集めてから、また無心で篩い直す。別の大きなボウルを並べて、篩っておいたココアパウダーに水を足して混ぜた。


「この間は、映画観に行ったりとか」
「うんうん」
「…駅前でフラフラしたりとか」
「うんうん」
「…以上?」


デートや、と麗日が切り終わったチョコレートを耳郎のものをボウルに足し合わせながら目を瞠る。手元見てと耳郎に呆れられながら沸騰した湯の張った手鍋を持って開いた耐熱性ボウルに流し入れ、その上でチョコレートを湯煎し始めると、一気に甘い香りが漂い始めた。
溶けたバターにグラニュー糖、卵、牛乳を数回に分けながら入れ混ぜていた八百万から作業工程を回し受ける。先ほどからふるい続けていた小麦粉を移してさっくりとヘラで混ぜながら、依然として終わらない爆豪の話題に心臓が震えていた。


「手とか繋いだりしないの?」


粒の大きいグラニュー糖が擦り切れる音が小気味いい。
溶けたココアパウダーと生地の一部を混ぜてから戻してマーブル模様を作る。パウンドケーキの型に移して空気を抜けば、あとはオーブンに任せるだけだ。
受け渡した芦戸の楽しそうな声音に、なんといえばいいのか分からずに言葉に詰まりながらも、事実としてそうなんだよなあとへらりと笑ってしまった。


「付き合ってる…わけじゃ、ない、から…」
「そんなデートしてるのに!?」


最初に休みの日を聞き始めたのは爆豪だった。
初めて出かけたのだけれどと勢い余って柚希達に話をすれば、どう考えてもただのデート、と同じような反応をされている。
なんとも答えられずに変わらずに笑い続けていれば、名前の生地のついた指先ごと八百万が挟み込んだ。


「爆豪さんたらそういう大事なことは伝えてくださらないんです!?」
「う、ん…?」
「名前ちゃんが納得しているのなら、そういうものでいいんじゃないのかしら。爆豪ちゃんは適当なことは嫌いでしょ?」


ふふ、と大きな口を横に引いて微笑んだ蛙吹は、生クリームの混ざったチョコレートをパッドに撒かれたココアパウダーの上で丸めながら転がしている。みんなの分を、と言いながらも、彼女のそれは対個人のものなのだろうなと薄らと思った。


「…うん」


――名前のない関係性は、曖昧でふわふわとしているけれど心地は悪くなかった。ヒーローになるための課題を着実に踏み越えている彼の背中に背負われたいわけではなく、二年待ってろとかけられた言葉は対等でありたいが故の言葉だと今は考えていて、だからこそ、明確な言葉のない空気感を嫌だとは思えなかった。そんな言葉があってもなくても、爆豪の吐く言葉も、名前を移す瞳にも、何一つ変わりはないだろう。
中途半端なことが嫌いな彼にしては珍しい透明なそれらが、この二年間を何の手垢もついていない繊細なものに作り上げていくような気がした。


「緑谷が聞いたら怒りそうな事案じゃんね」
「大丈夫、ちゃんとは言わないから」
「そうなんだ、全部言い合ったりするもんやないんね」
「そう、じゃない…?」
「確かに妹なら分かるけど、弟って考えると話しづらいかもしれないわね」


くすくすと笑った蛙吹の言葉に、頷く。
話しながら作っていたので時刻はまもなく二時もほど近い。それぞれがまだ作り終えていないので、帰ってくるまでにこっから頑張るぞと芦戸がヘラを握りしめて笑った。



   *     *     *



六時近くになってようやくA組の寮に帰ってくることができた。玄関を開けるなり飛び込んできた甘い香りに何事かと驚きながらリビングのドアを押し開けると、テーブルには一切れのパウンドケーキやらチョコレートやらが詰め込まれた個包装が並んでいた。


「おっかえり、切島ぁ!」


関西組だった切島と途中で合流した爆豪が一番遅かったようで、インターンに行っていた他の生徒は既にリビングに集まっていた。芦戸が手をぶんぶんと振って出迎えてくれたそのままに、はいと赤いモールがリボン結びにされた個包装を手渡された。


「バレンタインってことで、みんなで作ったんだよ!」
「まじか! すげぇ嬉しい、ありがとな!!」
「パウンドケーキは名前ちゃんが作ってくれたのよ」


なんで名前が、と出久が首を傾げながら蛙吹から個包装を受け取っている。女子会したんだよーと葉隠の明るい声に女子が楽しそうに笑っていた。爆豪がこの場に似つかわしくない顔を浮かべているが言葉を発していないだけマシだろう。


「爆豪、荷物置いてこよーぜ」


引きずるようにしてエレベーターに乗り込み、四階にたどり着いたところで爆豪のドアノブに何かが引っかかっているのが見えた。
それは紙袋のようで、爆豪の一歩後ろで彼が紐を持ち上げて中身を広げて見てしまってから、そそくさと退散した。
――薄いベージュの箱。赤いリボンが少しだけ不恰好だった。
お疲れさま、と書かれたリボンの隙間に差し込まれていた小さなカードの字は柔らかで、ふと横目見た爆豪の眉間の皺は盛大だった。
もしも切島ではなく上鳴が隣にいれば、嬉しそうな顔をしていたと言いふらしにすぐさまリビングにやってくるだろう。上鳴じゃなくて良かったなとは、流石に言わない。


「…直接来いや」


自室のドアを開けながら聞こえた独白に、切島はぶはっと吹き出した。


「喧嘩すんなよ」
「しねーわクソが」
「明日礼言わねーと」
「……」


名前が作ってくれたのだという全員分のパウンドケーキ。爆豪の先程までの表情の理由は、二年も経つと――というか最近の彼の表情がミリ単位で豊かになったのか、どちらかは分からないが、なんとなく分かるようになった。


「別で貰ってんだからいいだろ」
「何も言ってねェだろーが!」


図星だったらしい。独占欲の塊みたいな男だ。
これ以上彼の飛び火でダメージを受けないように、切島は部屋の中に身体を滑り込ませた。
そういえば切島の個包装の中身と爆豪の中身は違っていたのではと、気づいた頃には袋の中は空になっていた。

TOP BACK