ただ彼の体温を奪い仄かに熱を帯るそれはどこまでも硬く無機質で、それでいてまるで"生"を主張するかのように赤く明滅していた。
「きれいね」
彼女はそう呟くと、白く長い指先でそっと心臓魔導器に触れた。彼女だけは、仲間内で唯一この存在を知っていた。それはただの不可抗力で、たまたまなんの気なしに着替えていたレイヴンの部屋に突然入ってきたのが名前だったのだ。
彼自身口達者なほうだと自覚していたが、どうにもあの時ばかりは喉が震えて声が出なかった。
過去の古傷が疼いて痛い。どうしようもないほど、脈打つ心臓もないというのにそのまわりが熱くて痛かった。
「…そんな顔しないで、レイヴン」
夜に溶ける黒髪が揺れる。白磁の肌の上にのる同じく真黒の瞳が困ったように細められた。壁に追いやられているというのに、彼女は焦りなど微塵も感じさせない笑みを浮かべている。
一瞬明滅する間隔が早まったのは気のせいなどではなく、彼は手早く弛んだシャツのボタンをしめて名前に背を向けた。らしくもない。
「飯呼びに来たんでしょ、後から行くからさき行っといて」
「レイヴン」
「それと、部屋来るときくらいはノックしてよね、おっさん困っちゃうわ」
けらけらと笑えば少しばかり余裕が生まれたようで、シャツの上からぐしゃりとそれを押し潰すように握った。
彼女は何も知らない。この心臓魔導器の意味も、失った心臓の行方も。なにひとつ。それなのに名前は酷く泣きそうな顔をして立ち尽くしていた。彼女がそんな顔をする意味を、レイヴンもまた知らなかった。――否、知らないふりをしていた。
「レイヴン、私レイヴンが好きだよ」
少し擦れたアルトの声が耳元で弾ける。幾度となく呟かれたその言葉のなかで、こんなにも淋しい色をしていたものはあっただろうか。思わず振り返りそうになった自分に笑い、がしがしと項を掻いた。
「いつも言ってるっしょ、いい若いもんがこんなやさぐれたおっさん相手にしてもいいことないって」
「ばか、そうやっていつも目逸らしてばっかりじゃない」
ばか、と弾けた声に目を瞑り、背中にかかる衝撃にふたたび目蓋をあげる。ぎゅうと締め付けられる息苦しさと背中の温かさが心地好くて、できるならばこのまま浸っていたかった。
どうしていつも、うまくいかないことばかりなのだろう。その答えはすでに持っていて、気付かないふりをしているだけなのだ。
「好き、」
ぽつりと何度も呟く声に、耳を塞いだ。零れそうになる本音を飲み下し、奥歯を噛む。
この想いを捨てることもできずにただ曖昧にぶら下げることでなおさら深く抉られていく痛みに、また背を向けた。