リビングで映画を見ていた。所謂恋愛物の、青春物語というやつ。リベザルと見るには彼の反応が気恥ずかしくなりそうだし、座木さんと見るには幼稚なような気がして私は二人がいないときに見ようと決めていた。なんていうのはただの言い訳のようなもので、恋愛物なんぞを誰かがいる前で見るのは恥ずかしいという、ただそれだけなのである。――名前すらあがらない一名は言わずもがな論外なのだが、彼が二階にいないというのは店番をしているときか薬を調合しているときくらいで、残念ながら今は座木さんが店番をしてくれているし薬屋としてのお客もいない。必然的に、彼はリビングのソファに座っていた。私は少しだけ悩んだ挙げ句、ディスクをデッキに挿入することにした。
「何それ」
「高校生が淡い恋に右往左往する話」
後方でえーと不満の声を聞いたが、別に私が見たいのであって一緒に楽しむことを目的としているわけではない。いやそれもちょっとは考えたけれど、秋には期待できそうもないので思いついて早々その淡い考えは捨てた。全く以てこの男は面倒くさい。
なんてことを考えながら映画の予告を飛ばし、本編を再生する。男子高校生役の俳優のナレーションから始まったそれは、パッケージの裏を見るにやはりリベザルと見るには少々過激な雰囲気のようだ。柚之助との約束が合ってよかった。
「昼ドラっぽい」
「そんなどろどろじゃありません」
ホットココアを一口飲んで、膝を抱えて座りテレビを独占する。後ろでペラペラと紙をめくる音がした。
ふと思うに、この恋に悩む男子高校生のような時期が彼にもあったのだろうか。好きな子に触れたいなどと純で人間じみた感性を秋は持ち合わせている、または持ち合わせていたところは酷く想像しづらい。一応彼女として抱きしめてくれたりキスくらいはしたことがあるけれど、達観しすぎていて若さにかけるような気がする。だからといってそれ以上をどうのという話は置いといて。
(――なんか、)
「ねえ、秋」
ごくりと飲んだココアの甘さが恋しい。
「私のなにが好きなの?」
「……何、昼ドラの再現VTRの真似?」
あくまで昼ドラの"再現"と表現した秋は心底面倒くさそうに目を細めていた。――聞いた私が悪いのは分かっているけれど、なにもそんな顔をしなくても。
テレビでは今まさに唇をくっつけそうな勢いだった。
「何をご所望デスカ」
「……強いて言うなら、」
こっちきて、とソファに沈む彼に手招きして、カーペットに座らせる。丁度膝をたてて座ってくれたので、私はその間にちょこんと腰を下ろした。そのまま後ろの秋に背を預け、テレビに目を向ける。倒れこむ私の頭に顎を乗せて、彼は笑っていた。
「名前、重くなった?」
「太っても好きでいてくれる?」
「外見と一緒に中身まで変わらなければね」
身を預けながらココアを飲んでいれば横から伸びてきた手に奪われて、耳元でごくりと喉が鳴る音がした。
「名前」
肩口に顔を埋めて耳元でふふと笑う声が、私が欲しかったもののような気がした。彼のセピアの髪が首筋をくすぐるから、私はするりと立ち上がって空のマグカップを掴む。
「満足です」
腰に手を当てて微笑めば秋は薄く唇を引いて笑い、首を傾げた。
「そう、なら次は僕の番だ」
「え?」
「等価交換は化学の基本理念だよ」
名前、と恐ろしく含みを持った風に名を呼ばれ、ゆっくりと立ち上がった秋は私の手からするりとマグカップを抜き取り、目を細める。この目は賭け事に負けたリベザルをいじり倒すそれに酷似している。少しは恋人っぽいことをといつにないことを考えてしまったがために試薬を飲まされるなんて、甘さも何もあったものではない。
完全に引きつった私の頬に手を添えながら、「大丈夫、今度のは自信がある」と言ってのけた秋の腹を殴った私のどこに非があるだろうか。
淡い恋などと、当の昔に置いてきたものをぶり返した私が悪かったのだ。すっかり拗ねた私を見て笑った彼は、どこの国のかわからない言葉を呟いて、触れるだけのキスをした。