おかえり、

ふらふらとした足取りで安いアパートに帰れば、珍しくリビングに電気が付いていた。いつもは私のほうが早くに帰れるから、料理を作って帰りを待っていることのほうが多いのだけれど。少し、というかとても嬉しくなってふらふらどころか今にもスキップしそうなくらい軽やかな足取りで玄関へ向かった。
扉を開ければいい香りがして、奥のキッチンから顔を出す彼が笑う。


「おかえりなさい、名前」
「ただいま!」


なんてことないのかもしれない。それが当たり前で当然なのかもしれない。
でも少なからず私にとって彼が言うおかえりもただいまも特別で、彼だからこそ幸せを感じるのだ。


「お風呂、沸いてますよ」
「じゃあお先に入ろうかな」


洗面所のドアを開けようとして、振り向く。ぺたぺたと素足でリビングに向かい、入ってすぐ右側にあるキッチンに顔を出す。白い髪が動くたびにゆれて、彼は見事なフライパン返しを決めた。


「ジャーファル、今日は帰るの早いね?」
「……やっぱり」


テーブルに並んでいるのはまだ小鉢くらいだが、それだけ見ても今日は何か手が込んでいるというのはわかった。私が首を傾げれば、ジャーファルは壁に掛かるカレンダーを指差した。


「今日早く帰ってくるために、昨日一昨日と徹夜したんだよ」


上司が仕事してくれないから、と少し愚痴をこぼして、それから目元を緩めてお玉で風呂場を指した。


「ほら、早くお風呂はいってきちゃいなさい」
「ジャーファルって…お母さん!」


思い切り抱き付けば彼は「なんで貴方の母役をやらなくてはならないんです」と拗ねて卵を割りはじめた。ああもうかわいいなと口には出さないで、ぎゅと抱きつく腕に力をこめればジャーファルは溜め息混じりに笑っていた。


「大好き、」
「知ってる」
「ジャーファルは?」


卵を混ぜる手を止めて、くるりと反転するとおいしい匂いと彼の香りがふわりと広がる。


「好きに決まってるじゃないですか」


呆れてしまう程、笑っちゃうくらい。帰ってくるこの場所で繰り返されるおかえりとただいまも。
君となら色褪せることなく明日の明日も、ずっと続いていくような気がした。




「……焦げちゃうよ」
「まだ何も焼いてません」
「いや、私が」
「……早くシャワー浴びてこい」