太陽のような人だと思った。年は少し上の、名前も知らないその人はいつも青い少年や赤い少女に囲まれて、楽しそうに笑っていた。シャルルカン様との厳しい修業に弱音を吐いているところを見たところがないし、寧ろいつだって楽しげだった彼が、シンドリアの太陽のような髪を揺らして目の前にいる。中庭の木々の隙間に隠れるように、背を丸めて頬杖をついていた。その視線の先には先程まで修練に励んでいた彼の仲間の青髪の少年がいたが、今は王宮内へ戻ってしまっている。
はあ、と重苦しい溜息をひとつ、聞いた。
「あ、あの」
思わず声をかけてしまってから、後悔が過る。話し掛けたところで彼がその心中を吐露するわけでもなければ、況してや明るい話題など持ち合わせてもいない。私のしどろもどろとする言葉にならない声ばかりが静かな二人の間に落ちる。
きょとんと、丸い瞳をさらに丸くした彼は首を傾げて私を見ていた。
「おっ、お怪我でもされましたか……?」
散々悩んだ挙げ句口を突いたのは馬鹿みたいに在り来たりで、そんなもの見れば分かるだろうにと頭の中で冷静な声が返ってきた。彼は私の言葉に気を悪くしたふうでもなく、へらりと笑って肩をすくめる。
「あ、いや、眠いなあなんて思って」
「…あ、そう、なんですか」
嘘を吐かせてしまった。それは私が余計な気を回してしまったが故の心苦しさで、彼は少し気まずそうに頬を掻いて丸めていた背をのばした。
「有り難う、ほんと、そんなんじゃないからさ」
「……無理して笑ってくださらずともいいんですよ?」
ぽつりと零した言葉に再び彼は目を丸くして、顔を逸らす。ああしまったと瞬間ひやりと背筋が震えるものだから、私は生唾を飲み込んで身を乗り出した。
「しょ、初対面でこんな、おこがましいですけど……! っ、苦しいときに笑うのは、とても…辛いことだと、思います」
だから、その。
正座した太もものうえで前掛けを握る。彼がどんな顔をしているのかわかりきっているから、俯いた頭をあげることができなかった。ほんの数秒なのかそれとももっと長かったのか、沈黙を破って聞こえたのは堪え切れずにこぼしたような笑い声だった。
「っははは! あー、ほんと格好わる、俺」
「…へ?」
弾かれたように頭を上げようとして、ぽんと温かな何かが頭部にのしかかる。それは紛れもない、彼の手だった。
「しょぼくれてただけなんて、格好悪いだろ?」
「そ、そんなことないよ! だっていつも笑ってばっかりいるんですから……!」
彼が感じる羨望や不満といったそれら全てを知ることはできないけれど、少なくとも自身に言い聞かせて繕う感情ほど重苦しいものはないと知ってる。わしゃわしゃと掻き撫でていた手が止まり、喉を鳴らす音がした。
「……なあ、」
見上げた先で、彼は少しはにかんでいた。
「俺はアリババってんだ、君の名前は?」
「っわ、わたしは名前と言います!」
彼、アリババはそっかと呟くと笑って、すくと立ち上がる。
「俺もさ、名前がいつも王宮で頑張ってるの、知ってたよ」
熱っぽい風が頬を撫でる。アリババさん、と彼を呼ぶ声に少し息を詰めて、私は服に付いた土と草を払いながら立ち上がる。アリババさんの肩口を映す視線をゆっくりとあげれば、私にはあまりに眩しすぎる笑顔を浮かべていた。
「またな、名前」
彼はきっと、この胸に密やかに重なっていく想いの色を知らないのだろう。アリババさんの唇から弾かれた言葉は、まるで私の名前ではないように鮮やかな色を放っている。
手を振り去っていく彼にひらりと漸く返せた右手は、指先まで赤くなってじんじんと鈍く痛んだ。
「アリババさん、」
秘密の呪文を唱えるかのように呟けば、吸い込んだ空気は酷く柔らかく鋭かった気がした。