声ひとつ、首ひとつ

微グロ風味







もうやめよう。
そんな声が聞こえることをひたすら祈っていた。この手が赤に染まるたび、こびりついた臭いに慣れていくたび。
もう、やめようと。


「どうして……」


足元に突き刺さる刄は血に塗れ、とうの昔に輝きを失ってしまった。――どれだけ丹念に手入れをしても晴れることのなかった刀身の曇りは、まるで自分の心を映しているかのようで不安だった。刃はこぼれ、本来の斬る動作さえ出来なくなったそれは、もはや私を守ることもしない。私を守ることは私の役目なのだから、言い換えればそれは体のいい自殺でしかないのだけれど。
私はただ茫然とへたりこんでいた。


「なんで、こうなっちゃったのかな」


こぼれた問い掛けに答えてくれる人など、どこにもいない。目の前にあるのは物言わぬ肉塊と、あてがわれた武器だけ。私はゆるりとそれらの肉塊に目を向けた。
皮膚の下に流れるこの生温いものに彩られた浅葱色が、袖から伸びるやけに白い腕が、生気に乾いて虚空を見つめる双眸が。
お前は誰だと責め立てていた。


「……名前」


ああ、だめだよ総司。そんな情けない声を出したら。
私はあてがわれた刄の先を見上げ、微笑んだ。


「本当はとても楽しくて、愛おしくて堪らなかった。尊王とか佐幕とかもうどうでもよくなるくらい生温くて心地好かった。
でもね、そんなんじゃ生きてけない。全部、一か零かでしかはかれないの」


口では厭味なことばかり言っている彼が、本当は凄く寂しがりやで子供っぽいことも知ってる。
――多分彼はずっと前から、私が間者だって知っていたはずなのに。
それでも殺意の欠けらもなく馬鹿みたいに笑顔を振りまけてくるものだから。いつの間にか見るべき道を見失っていた。


「……名前、」


そういって彼は私の胸ぐらを掴んで、荒っぽい口付けをひとつ落とした。


「苦しまないように、殺してあげる」


生きているうちに、口付けの甘さを知りたかった。だって好きあっているのに、こんなに苦い口付けは辛いだけでしょう。
私は目を閉じて、顎をあげた。
――せめて彼が、この首を落としやすいように。
――せめて彼が、その手に感触を残すことなく終わらせられるように。
私が彼の、歪んだ表情を見なくてすむように。





「名前」


――はねた首は、恐ろしいほど安らかな顔をしていた。今にも名を呼んで、いつものように微笑んでくれるような気さえ起こさせるほどに。
だから僕は、その血に染まったふっくらとした唇に口付けを落とした。あとは朽ちるだけの可哀想なこの人を、少しでも留めておきたくて。

ああ、でも僕は知っていたんだ。


声ひとつ、
    首ひとつ